根強いパターンも、もともとある不変的なものではないので、必ず変容していく

受講者
ここ2週間は自分を責める思考にはまっていました。
きっかけは様々ですが、すべて自分を責める材料にして
増幅していく感じが凄まじく、
それをただ見るではなく、何とかしようとする思考であったり
これはいい、これはよくないだのという判断の思考がでてきたり
思考のミルフィーユが何層も何層も
できては消え、できては消えていきます。
すっごく疲れました(笑)
思考にパターンがあり、それがとても根強いです。



はい、思考のパターンの中には、比較的簡単に消えていくものもあれば、
根強く残っているものもあります。
しかし、そのような根強いパターンも、もともとある不変的なものではありませんので、必ず変容していきます。


受講者
こう書いていると、
そこを超えていきたいという思考がまた出てきます。
セッションをしていると思考という荒波があっても
常に静寂はあるのだと気づきます。
(が、忘れてしまうことも多々あり。。。)



はい、その静寂(静寂の本質)は、荒波をも含む海そのものということができます。
その理解がさらに深まっていくと、起こってくるものによりとらわれなくなっていくでしょう。

プロセスの理解

受講者
最近、罪悪感やら不満やら色々な感情が出てきて少々落ち込んでます。

在るを感じるとましになりますが、つい悩みを掴んでしまいます。

消えてはすぐまた出ます。



プロセスとして理解しておいて頂けるとよろしいのですが、

本質(在る、真の自己)に注意を向けていき、それを実現していく過程で、

様々な感情が浮上してくることがあります。

ときには、マインドの抵抗であったり、また、それまでためこんでいた感情等が

浄化として起こってくることもあります。

(ヴァーサナとも言われるマインドの根っこのようなところのものは、

もはや個人的なレベルのものとは言えず、マインド自体の傾向、性向、本性のようなものです。

そのような力が深いところから働き、またそれに個人的なものをたくさんくっつけているのが

普段起こる様々な思い等とも言えます。)

そのような浄化等を経て、存在全体としてよりクリアになっていきます。


受講者
これは 日々の在る を感じる回数 時間が足りないせいでしょうか? 



そうではありません。

実践を継続されてきたからこそ起こってきているものと言えます。

(より深いところの浄化等として起こってきていると言えます。)


受講者
ハートも固く 閉じているような気がします。



プロセスとして、今そのようなことが起こってきているということです。


受講者
3か月経って 在るを 本当の意味で感じられているんだろうか? 

間違えて理解しているんではないだろうか? 

それを見ているのは 自我の私では ないのか?  



気づいているのは真我であり、そこに、疑問や価値判断等をつけるのが自我です。


受講者
と、こんな感想で申し訳ないのですが、正直な気持ちです。 



正直なお気持ちを書いて頂きありがとうございます。

真我のトータルな実現のプロセスにおいては、

また、マインドに在るの理解が深くトータルに浸透し、マインドがトータルに成熟するまでは、

書かれてあるような疑問、疑いは、何度でも起こってくる可能性があります。

それは、相当進んだ段階でも、深いところからの浄化等に伴い、あるいは、浄化を伴わずとも、

起こってくる可能性があります。

今起こってきている感情、そして、疑問等は、セッションと日々の実践を継続され、

より本質が活性化してきて、よりクリアになってきたからこそ、より深いところからの浄化等として起こってきているものです。

プロセスの理解を持ち、進んでいきましょう。

様々な浄化等のプロセスを辿りながら、全体としてよりクリアになっていくし、深まっていく

受講者
相変わらず、在るに意識向けると、悲しさ・寂しさ・虚しさなどを感じていることが多いです。
「なんだか前より深まった気がする」と思う時もあれば、マインドが立ち止まれず、「あまり実践できていない」と感じることもあります。

いずれにせよ、淡々と在るに戻ることが大切なのでしょう(続けていきたいです)。



はい、様々な浄化等のプロセスを辿りながら、全体としてよりクリアになっていきますし、深まっていきます。
様々な感情等が解消されていくと深まり、また、その深まりにより、さらに深いところのものが浮上してきます。
それを繰り返していくことにより、全体としてよりクリアになっていきます。

在るとして在ること

受講者
日常では、マインドが静かなときと、騒がしいときが交互にあるような感じです。
騒がしさに少し、うんざりしています。



はい、うんざりすることもよいことです。
真にうんざりし、マインドはそのようなものであると深く理解、受容すると、
さらに全体の変容も促されていくでしょう。

また、騒がしいマインド(それが起こっていること)に対して在るはどう在りますでしょうか。
それを確認し、真の自己、本当の自分は在るであるという理解のもと、戻れるときは在るに戻りましょう。
在るとして在りましょう。

その他、深まり、開かれも進んでいますので、浄化的に騒がしいマインドが浮上してきている、
ということも言えるかもしれません。
静かなときと騒がしいときが交互にあるということは、浄化のペースが速くなっている、
在る(静けさそのもの)に自然に戻ることで浄化が起こり、また、在るに自然に戻ることで浄化が起こり・・・
が続いているということもあります。

“ただ”気づいていることは、とても大きなパワーがある

受講者
こうして気づいた事を書いている時も
どこかに「認められたい」という思いが
滑り込んでいる事に気づくのですが
これはなかなか根深いなぁと思います。



(真の自己理解が深く浸透する前の)マインドの自然な傾向とも
言えますので、マインドとはそのようなものであり、
ただマインドがマインドの働きをしていると気づいていられるとよろしいと思います。

(“ただ”気づいていることは、とても大きなパワーがあります。
“ただ”気づいていること、あるいは、真に見ることができれば、落ちるものは落ち、
変容するものは変容していきます。
“ただ”の度合いは、気づいている主体の純度、自己理解の深さ等も関係してきます。
それを進めていくために、自分自身に気づくこと、在るに意識を向けることを何度も繰り返していくこと、
起こっている現象の方ではなく、あるいは、それと共に、起こっていることに気づいている主体のワークが必要です。
そして、起こってきた理解、気づきの視点から、日常を丁寧に生きていくこと、体験していくことが大事ですね。
それらが総合され、マインド、ハートを含め、存在全体が変容、成熟していきます。)

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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