それそのものであるかどうかが、それが生きられる(実現される)のを実感し、体験されるのかどうかを決定する

受講者
先週一週間は南の島へ行ってました~~~

本当によかったです(^0^)

私は島でした



在るが在るところ、すべてそれそのものですね。


受講者
しかし

共鳴の時に感じたことは

その島はこの意識の先に現れているという感覚です

この地上、この地球もそうなんですね^^

この意識が先に在るという感じです



それはすべての源、

すべてに先立つものと言えますね。

(それは、源と現れという視点からは、そのように捉え、

感じることができます。

また、色即是空、空即是色、即それ、すべてはそれという視点からは

後先という順番はなく、すべては同時に━ひとつであるものとして━存在している

と言うこともできます。)


受講者
自然は本当に大きかったですが

無空さん

わたし

この人と人という大自然は計り知れないという感じでした



全く全くその通りです。


受講者
深き癒しの源である私たちでした



それは無限そのものですね。


受講者
さて

始めの共鳴では

静けさ

いのち深い瞑想状態に入っていました

いくらか島の風景が流れていきました

共に過ごしていた友人のことを思い出していました


アイコンタクトは

無空さんの前に座っているのは

わたしではなく

その友人である彼女でした

そのまま深く愛を感じていました



必要なことが起こっていますね。

それはまた、あなたがただ在り、透明だからこそ

起こったことであるとも言えますね。


受講者
瞑想は

島の映像がハッキリと見えていました

そして

先に書いた感想です

大いなる意識の現れである自然、島。

癒し源泉であるこのいのちの私たちという感覚です



素晴らしいですね。

先に書いた、すべてはそれという視点には、

その視点からの素晴らしい味わい、感覚がありますが、

もうひとつ、「すべてはそれ」を、源と現れ(現れた源)という流れ、

動き、その関係性から見た視点にも、その視点から生まれる

独特の味わい、本当に素晴らしい感覚がたくさんありますね。

そのように、無限そのものである在るには、無限の視点が存在しており、

それぞれの視点に、その視点から見ることによって、自動的に生まれる世界、

自然に創造され、認識される世界があり、それぞれの世界には、

それぞれの世界特有の法則や世界観、景色、素晴らしき味わい、感覚等があります。

日頃から、どう在るか(ただ在るかどうか、愛であるかどうか、

自然であるかどうか、シンプルであるかどうか、トータルであるかどうか等)、

何ものであるか(自己理解、自覚、自己認識)、あるいは、何ものでもないもの(それ)

であるかどうか(自己理解、自覚、自己認識)、

どの立ち位置、どの視点であるかどうか等が大切であるということをお伝えしていますが、

(自己理解がそのまま立ち位置、視点を決めます。

無限そのものという自己理解があれば、無限の視点を持つことができます。

無限の視点を持つことができれば、無限の世界、無限の認識、無限の体験を

楽しむことができ━楽しむ者・楽しむ個人はいません━、

また、他の現れているすべての存在の視点をも、肯定、許容、受容、理解することが

できます(その上で、全体の必要性、自然な流れ、あるいは、全体の遊びにより、

否定、拒否、拒絶等が起こることさえも自由)。

無限の視点が持てるようになることで、存在全体の安定感、余裕、平和、自由、

自然さ、純度、あるがままそのまま度等は、計り知れないものとなります。)

それにより、“自動的に”創造される世界、あるいは、見える世界、体験される世界、

感じられる世界が変わってきます。

在り方が、そのままどのような世界に住むのか(在るの視点からは住む者はいませんが)、

どのような世界に生きるのか(生きる者もいませんが。)、

その体験、認識、味わいを決定します。

それそのものであるかどうかが、

『それ(真我・愛・在る・生命そのもの・純粋な意識・真・善・美)』が

生きられる(実現される)のを実感し、

体験されるのかどうかを決定します。


受講者
ハートの共鳴では

愛です(^0^)



(^0^)


受講者
立場を変えての共鳴は

目を閉じました(が起こりました)

黄金の光がまぶしく

それは

過去に出会った人

これから出会う人すべての本質でした



本質は、そのように尊いものですね。


受講者
立場なし・ニュートラルの共鳴は

その感動

その震える中にさらに深く入っていきましたが

すっと

素にもどっていました

それが自然体ですね(^0^)



そうですね。

どのような素晴らしい体験をしても、

いつもそこに自然に戻れるようになっていることが

大切ですね。

そこはいつも正しい。

正常です。

それが素であり、いつでも戻ってくる巣、住処、在り処でもあります。

そこには、何の立場もなく、自然体、

そこでは、ただひとつであるそれそのものとして在り、

そうあることで、自ずと全体のバランスがとれ、歪みやズレ等があれば、それは正され、

必要以上の重さを感じていれば軽やかになり、

複雑さがあればシンプルになり、

純度が落ちていれば、純粋さが回復されます。

そこは、無限の可能性そのもので満ち満ちたゼロの場。

そこは、それ自身、そして、それ自身であるすべてに対して、ニュートラルです。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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