在るは、ただ在ることで、すべてを為していく

受講者
日常では、現れよりも一つである源に自然と焦点が移行することが多くなりました。
それは奥深く、広がりがあり、日常の一コマのシーンにも美しさや素晴らしさがあることを気付かせてくれます。
真・善・美を感じられることは、尊く、ありがたいことです。



そのように在れるようになると、生は本当に奥深く、味わい深く、素晴らしいものになりますね。


受講者
では、前回の感想をご報告します。

最初の共鳴
ただ在ることで喜びが放出されていると感じました。その喜びには、奥深さや広がりがありました。また、何もなく満ち満ちている感覚がありました。これはただ在ることでしか、為しえないと思いました。



そのとおりです。
まったくの純粋に“ただ”です。
ただ在ることです。

そこに真に開かれるものは、幸いです。


受講者
アイコンタクト
普通であることが凝縮された感覚があり、「それしかない」という理解がありました。



はい、唯一実在するものは、それだけです。

特別とは、他のそうではないものがあることを必要とする、あるいは、それがあることに依存する相対的なものです。

(絶対的・全体的)普通は、それ自ら、何ものにも依存することなく、在ることができます。

そして、その普通は、ただの普通であり、同時に、ただの普通ではありません。

それはその中に、すべての特別、すべての素晴らしいものを含んだ普通、

さらには、それ自体が素晴らしきすべてでもある普通でもあります。


受講者
瞑想
最初、「すべて」という感覚がありました。「すべてのすべて」でした。 そして、まるごと開かれたものが現れました。すると自我の抵抗なのか、久しぶりに大きく重いエネルギーを感じました。それには抵抗せず、ただ在ることに焦点を当てようとしたのですが、かなり大きなものだったので、瞑想が終わるまではその感覚は続きました。



それまでよりもより深い真実に開かれてくると、そのように浄化が起こってくることがありますね。
そして、それに抵抗しなかったというところがとてもよかったですね。
在るは、常にそのようにあります。
在るは、いつもただ在るだけ
ただ気づいているだけです。


受講者
ハートの共鳴
瞑想で感じた重いエネルギーとは正反対の、自然の中に溶け込んでいる軽やかさと透明性を感じました。



重たいものはクリアされ、さらなる軽やかさと透明性がやってきましたね。


受講者
立場をかえての共鳴
在るが為すことを見ていました。最初は私がどんどん大きくなる感覚がありましたが、やがて無空さんとの距離感がなくなり、融合されました。



在るは、ただ在ることで、すべてを為していきます。
在るが、ただ在ることで、そのときに必要なことが起こります。そのときに必要なことが為されます。
ただ起こります。
ただ為されます。
そこに在るの意図は一切ありません。
在るは、唯一の実在であり、全体そのものです。
全体が、全体のためにできることは、ただ全体であることだけです。
全体が全体であることが、そのまま全体のためになります。
そのとき、在ることと、為すこと、為されることは同じになります。
在ることが、そのまま為すこと、為されることとなります。


受講者
立場なしの共鳴
何もない、何も起こっていない、それでいい、という理解がありました。



在るそのものの視点ですね。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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