あるがまま

受講者
セッション:今日は「あるがまま(無為自然、無意図、無努力)」と「努力(意志、意図、作為)」についてお伺いしました。
ラマナ・マハルシの本に「あるがままに(英語を直訳すると、ありのままのあなたで在りなさい、というような意味)」という題名の本がありますが、この「あるがまま」はプロセスなのか結果なのか?
あるがまま(無努力、無為)と言いながら、最小限の努力(私は在る、自覚などを意図的にする努力)が必要と言うのは矛盾ではないのか? 

結論としては、無為も努力も意図も「起こってくる」ものであり、無為が起こったら(無為がいいと思う、無為でいたいと思う、無為で在る)無為でいればいいし、「私は在る」が起こってきたら(「私は在る」をしたいと思う、すべきと思う)「私は在る」をすればいい。その全体がトータルで「あるがまま」なのだ、ということ。一つ視点を上げた「あるがまま」に視点を置けばよいのかなと納得しました。



ひとつの視点、ひとつの理解として、そのようなものも持っていられるとよろしいと思いますが、実践においては、それぞれのタイプや段階等によって、それが適切かどうか、効果的かどうかというのは違ってきます。
ひとつの視点からは、今回の理解のように、起こってきたものを実践すればいいという在り方は、
(結局、起こってきたものしか実践できない、という点からは、それしかない、とも言えますし、その点からは、すべては、あるがままである、とも言えます。また、大きな意味では、すべては適切であり、すべては効果的であるとも言えます。)
在るがかなりしっかりしてきていて、在るを意識しても、無為であっても、同じように在れるようになっている段階で最も適切であり、有効であるということが言えます。

起こってくるものに対して、あるがままに在れるのは、立ち位置が在るであり、しっかりその立ち位置に在りながら、クリアに実践できる場合。
あるいは、すでに全体(源と現れ)が統合されていて、トータルに自然で在れるようになっている場合です。(ただし、この場合は、すでに実践ということではなく、ただ自然、ただ在るがまま、そのまま、起こるがまま、という感じになっています。)

実践されてみた結果、無為が起こってきた場合、無為でいると、マインドに巻き込まれやすいとのことで、在るに意識を向けることをやはり実践されていくとのことでしたね。

無空庵での基本は、まずは、在るに意識を向けて頂くことをお伝えしています。
それは、よくブログに書いていますが、それまでのマインドに巻き込まれていた習慣から、在るで在る習慣に切り替えていくため、また、意識を向けたものが活性化することから、在るをより確かなものにしていくため、そして、在るにより馴染み、在るをよく知っていくため(在るが本当の自分であること、その在り方、その無限の側面等)に在るに意識を向けて頂くようお伝えしています。
在るがかなりしっかりしてきて、自然に在れるようになってきた頃には、自然に無為であることも増えてきているかもしれません。
在るで在ることがまだしっかりしていない場合、自己理解がまだ浅い場合などは、無為で在ろうとしても、焦点を当てるべきものがないため、マインドに巻き込まれやすいです。

また、今回、努力、無努力のお話が出てきて、その違いは、抵抗があるかどうかということで、(自然かどうかでもいいですね。)、実践もはじめは大きな努力が必要だが、実践を何度も繰り返していくことによって、慣性が働くようになっていき、抵抗がなくなる、無努力になっていくということでしたね。
ブログで何度も書いていて、セッションでも、日常で気づいたら在るに意識を向けて下さい。何度もそれに戻ってください、とお伝えしているのは、ひとつは、それを習慣化するため、在るで在ることが自然なものとなっていくようにするため、本日、あなたから出た言葉で言えば、慣性が働くようにするため(在るに戻るという意味で。在るが在ることは、その本性によるということができます。━在ることをひとつの運動状態と見れば、その本性は慣性でもあるということが言えるかもしれません。)と言うこともできます。
無空庵でそのポイントを大事にしているということは、セッションを週に1回の定期的なものとしている(+毎日の実践)、ということでもお分かり頂けるかと思います。
そのようにして、マインドに巻き込まれていた状態が習慣化していたところから、在るで在ることが自然な状態になるようサポートさせて頂いております。

努力なく在れているとき、努力する個人はなく、在るだけがあります。
そのときは、在るそのものとして在り、それを繰り返していくことにより、自然に、自己理解が深まっていきます。
今日は、セッション中、努力なく在れていて、個人がいない状態だったこと、それを認識されたことがありましたね。
そのような在り方、認識を繰り返していくことにより、自己理解が深まり、より確かに、より自然に在れるようになっていきます。
たとえ思考、感情等が起こっていても、それらに捉われることなく、あるがままで在れるようになっていきます。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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