起こり、現れた姿形だけでは、その本質を捉えることは出来ない

受講者
日常では、

自然に(愛)、何かが起こり(愛)、気づき(愛)、ただそうである(愛)が深まっていく(愛)、その繰り返し(愛)です。

どこで何をしていても、自然に愛が深まっていっているのを感じています。
(実際には、どこにも行っていないし、何もしていませんが。)

そして、それは、すべての存在においてそうなのだ、と分かります。



その表現から、あなたがどこにいるか、どの立ち位置に在るか、が分かりますね。
在るそのもの、愛そのものとして在るのが分かりますね。


受講者
それから、今週は、夫との言い合いが起こりました。

私から、夫に対して、厳しさが、怒りの形で強く、激しく、いじわるな表現も少し混じりながら、起こりました。

そして、そのような表現が起こったことを気にしようとしても、気にすることができない、というような感覚がありました。



すでに存在全体が変容していますね。


受講者
言い合いの後は、夫も私もけろっとしていて、いつも以上に仲がよかったです。

そして、なぜか、夫はとても機嫌がよく、とてもうれしそうでした。

自然のまま、在るがまま、そのまま。

全体のまま、愛のまま。

自分自身であるままは、本当に楽で、幸せです。

存在していることが、気持ちいいです。



起こり、現れた姿形だけでは

(今回で言えば、ご主人との言い合い)、

その本質

(今回で言えば、ご主人との言い愛
━ただそれは、愛であったということ。
存在から起こるとても自然でトータルなものであったということ。━)

を捉えることは出来ません。

多くの人たちは、現れた姿形から判断しようとしますが

(もちろん、それが必要なこともたくさんあります。)、

本質である在るに関しては、それそのものとして在って、はじめて知ることができます。

そして、在る(愛・全体・自然)そのものとして在ることで、在るがままで在ることができ、

起こることをただ起こるがまま、そのままにしておくことができます。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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