どう動くかよりもどう在るか

受講者
今もマインドがとても静かです。
静かであり至福であります。
それゆえ、個の世界でどう動けば良いのかがわからなくもあります。
ずっと至福でありつづけられるからです。
何も成さなくて幸せだからです。



素晴らしいですね。
それそのものであるとき、至福でありつづけられます。
それそのものであるとき、何も成さなくても幸せです。
そして、現れの世界で個人であるとき、どう動けばよいのか分からなくなるときもあります。
それも、現れの世界で、個人の立ち位置に立ったときに起こるとても自然な思いですね。

(現れの世界で生活するという点では、個人の立ち位置からの視点も当然必要になってきます。)

今、とても素晴らしいところに在ります。
それそのもの、在るそのもの、幸せそのものであることをさらに重ねていくことにより、自己理解が深まり、在るそのものである立ち位置がより主たるものとなり、より確かなものになっていきます。
そうすると、自然に個人、そして、現れのすべても統合されていくでしょう。
すべては、はじめからそうであった(愛・自然・在る・タオ・絶対安心・絶対安全・絶対大丈夫)ということが分かってくるでしょう。
どの瞬間も、ただそうであった(愛・自然・在る・タオ・絶対安心・絶対安全・絶対大丈夫)ということが分かってくるでしょう。
そして、どう動いてよいのか分からないという問題もなくなっていくでしょう。
あるいは、どう動いてよいのか分からないということも問題ではなくなっていくでしょう。

何も成さなくても幸せであれば、何を成しても幸せですね。
それは、ある意味、成すこととは関係のない幸せ。
在ることによる幸せです。
自己理解が深まり、その幸せが満ち満ちて、そこから、その幸せからすべてが自然に起こっていくようになっていくといいですね。
幸せになるために動くのではなく、幸せだから動く。そこから動きが起こる。
幸せそのものがただ動き出す。
幸せそのものが動いているのだから、どう動いてもすべてが幸せ。
ただそう在るだけです。
在ることによる幸せは絶対です。
どう動くかよりもどう在るかです。
すべての動きは、その絶対の幸せの現れです。


受講者
「個の側から折り合いを付けようとするとうまくいかない」とのお言葉をいただきました。



個(部分)が全体(在る・幸せそのもの・無限・計り知れないもの・無限の可能性そのもの)を適切に扱おうとすることは不可能です。
それは個を超えています。
幸せそのものである在る(全体)が主体となれば、自然にすべてが統合されていくでしょう。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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