ただ在ることが、主体を純化していく

受講者
今、録音を聴き返しておりますが、多分に個を感じました…マインドが主体か、それそのものが主体かの判別について今日は質問させていただこうと思っていたのですが、(先週のセッション時は無空さんのおっしゃることが、ぼやーとしか理解していなかったような感じです)、その必要はなくなったようです。フーマンの本を読んだ影響もあるかと思います。



在ると自ら解決していきますね。
また、判別しようとする、判別したいのもマインドですので、ただ在りましょう。
とにかく在りましょう。
いずれにせよ在りましょう。

それが主体を純化していきます。

フーマン「恩寵の扉が開くまでⅡ」より

【あれこれと考えを巡らす事で、あなたのマインドは分裂してしまう。
そしてマインドを実際には強化してしまう。

マインドとは、その本性からして「分裂」だ。
「あれかこれか」「正しいか間違っているか」、いつも正反対の分裂を創り出す。
あなたがそのモードに入ると、マインドを強化する事になる。
だから、あれこれと思いを巡らさない様に。】

ただ在ること、それ自体が正しさを示してくれます。
「これでいい」、という感覚は在るです。
「これでいいのか?」はマインドです。
(在り方に関して)「これでいいのか?」が起こってきたら、ただ気づいてそのままにしておきましょう。
そして、在るに戻りましょう。

感覚がはっきりしないときは、ただそうであると、それに気づいて在りましょう。
ただ(そうであると)気づいて在れば、大丈夫です。
また、(在る以外の)すべては起こっているという立ち位置に在れば、
または、何か起こった後にその立ち位置に戻れば、大丈夫です。

起こっている状況、あるいは、自分自身にただ気づいて在るとき、それは在るです。
(主体の純度は、それぞれですが。)
(在る以外の)すべては起こっているという立ち位置に在るとき、それは在るです。

その他には、自然であるかどうか、楽さがあるか、軽やかさがあるか、シンプルかどうかなども
ひとつの目安になりますね。

また、何かするということに関してでは、フーマンの「恩寵の扉が開くまでⅡ」に参考になる箇所がありますので、ご紹介しておきましょう。

【マインドが「これをする必要がある」という言葉に従うのではなく、あなたの中の一番深いレベルで「正しい」と感じるという事だ。
「これをする事が正しい、だからこれをする」という感覚だ。

あなたのハートがその深いレベルに整合するようになると、個人の意志とか無理強いとか集中とか、する事(Doing)のパワーは感じなくなる。
そこに意志はない。
ただの「穏やかさ」がある。
物事が流れに任せて起こる様になる。

しかしその穏やかさは、弱さではない。
それは神聖であり、究極の意識だ。
それが穏やかにあなたの人生で機能する。

だからもしそこに穏やかさがあるのなら、それに従いなさい。
しかし「これをする必要がある」「あれがしたい」というエネルギーだったら、それは良くない。
そこにはマインドが介入している。
それが基本的な判断基準だ。】

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Re: おはようございます^^

コメントありがとうございます。

あれから、もう一年になりますか。

真剣に、誠実に、体験を重ねられていらっしゃるのが伝わってきています。

そして、在るの素晴らしさをどんどん感じられていらっしゃるようですね。

こうやって、在るの素晴らしさについて語り合える仲間が在ることは、とてもうれしく、ありがたいことです。

これからもよろしくお願いします。

ありがとうございます(^○^)

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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