無空庵でいう自己理解のメイン(核)は、在る(真我・愛)そのものの直知にある

受講者
「共鳴」

ゆらぎ ~

ゆらぎ に寛ぎ


安心 安全

安心 安全 そのもの



いいですね。

そのものであることは、自己理解を進め、深めてくれます。

(注)ここで、確認のために。(あなたは大丈夫ですが、他の方々に自己理解についての認識を再確認していただくために。)

無空庵でいう自己理解のメイン(核)は、

在る(真我・愛)そのものの直知、

それ自身が“知る”、“知っている”というところにあります。

マインドでの理解は、補助的なもの、付随的なものと捉えてください。

(それにより、マインドが落ち着くという点では、一定の有効性をそこに見ることはできますが、

在るの直知、直接体験を通したものでなければ、落ち着くというのも一時的なものにとどまってしまいます。)

参考:フーマン「恩寵の扉が開くまでⅡ」

・解放への究極の道は、「自己理解」にある。
ノーマインドに到達して、本当にマインドが落ちる事でそれが起こる。

(無空:真の自己理解は、マインドの領域にあるものではないということが分かりますね。)

・「自己理解」あるいは「悟り」とは、境地ではない。
それは境地を超えている。
あなたは夢から抜け出す。
境地はまだマインドに属している。
吸収のレベルは瞑想に属している。

・それはマインドでは把握できない。



どうしてもマインド的なひっかかりがあるような場合は、

在るから自然にそちらに注意が向き、在る・真我の光(愛)がそこに当てられる

ということが起こる場合がありますが、

大基本は、マインドではなく、在るそのものに注意を向ける、

それそのもので在るということです。

それは、もっとも直接的で、トータルなものです。

それそのものでただ在れば、そのトータルなものであれば、

マインド的なひっかかりだけでなく、現れを含めた存在全体に、

その自己理解の力(愛)が行き渡り、変容するものは自然に変容し、

落ちるものは自然に落ちていきます。

参考:フーマン「恩寵の扉が開くまでⅡ」

・「これ」が、真実の自己のエネルギーが、仏陀の本性が、あなたのパターンを洗い流す。
「これ」は、あなたを存在の自然な状態へと引き戻す。
それはただ「自分自身で在る」という事だ。

(無空:シンプルにただ「自分自身で在る」ことが、もっとも多くのことを成し遂げます。)


気づいたら変わっていた。と、

多くの方が繰り返し何度も体験しているように、在るに意識を向けること、

在るそのものであること、ただ在ることの変化とは、トータルで自然な変化です。

それは、マインド的な努力で(一時的、部分的に)落としたものとは違い、

どこにも無理がなく、どこにもゆがみ、ひずみのない、もはや戻ることのない真の変容です。

ただ本当の自分自身、真の自己へと帰るという、とても自然な変容です。

そしてそれは、すでにそうであるところ、知っているところへの帰還でもあり、

また、未知なる帰還、はじめての帰還、未知への帰還、

新しい可能性、未知なる可能性への帰還、さらなる深みへの帰還でもあります。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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