理解の力。知っているという愛

受講者
共鳴前にシェアさせて頂いたことです。

わけもなく瞬間湯沸かし器のように、怒りが出てきて
以前だったら、自分の周波数を変えなくちゃとか
あの時からずっと無価値感を持っているからいけないんだとか

ポジティブシンキングをしなくちゃとか、
以前教えていたメソッドで早く統合しなくちゃ
大変なことになるとか思って、
がんばっていたと思います(笑)


今は、これはただのエネルギーで、
必ず通り過ぎていく事も知っているので、
何も抵抗はせず、ただそういうことが
起こっているのがわかっている状態でいました。



“知っている”状態で気づいていたということですね。

それは、ただそうである、という在り方であり、

またそれは、老子の無為自然にもつながりますね。


受講者
無価値観は出てきているのだけど、
自分のものだと思っていないというか、
今は、自分のもののように感じているんだけれど、
そうではないと明確に理解している状態でした。



理解の力(愛・知っているという愛)がしっかり働いていますね。


受講者
このシェアをさせて頂いた時、無空さんがおっしゃった
「自分のもの感覚はあるけれど、理解では知っている。そうではない。」
まさしくそんな感じでした。



理解の力(知っているという愛)が、主たる立ち位置を決めます。

主体が何ものであるか、個人であるか、真我(在る・愛)であるかを決めます。

そして主体が真我であるとき、個人は純化され、存在全体は成熟を促され、

在るがままのひとつであるものとして全体が自然に統合されていきます。

絶対の真我が、現われの世界を通して実現されていきます。

現われの世界では、必要に応じて自然に個人感覚は起こってきますが、

それはもはや真我を覆い隠すものではありません。

そのとき、個のまま真我が実現されています。

理解の力、

知っているという愛が、

すべてを貫き、すべてに浸透し、すべてを支え、すべてを育み、すべてを包んでいる状態です。

多様性の中で、一元性(愛)が実現されている状態

多様性の中で、一元性(愛)が生き生きとしている状態です。


受講者
今回は、起こった時に、あるに意識を向けても、
あるの静寂よりも怒りの方が強かったので、

一瞬あるができていないような気がしたのですが、
すぐにそうではなくて、ある、それそのものであり、
マインドが巧妙に動いているということに気が付きました。

そして、ただ、シンプルに起こっているだけで、
もし仮にそれが続いたとしてもただそういうのが
起こっているだけという理解の状態でした。
不動でした。

そんな感じで持ち越すことなく、
とても速く通り過ぎて行きました。
(もし続いても、ただそう起こっているという理解です。)



理解がよりしっかりと根付いてきていますね。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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