ある特定の状態の実現に強く固執し、頑張ることは、マインドを強めてしまう可能性がある

受講者
今日は、セッション中にお話したことをあまり覚えていません。
一つ、印象に残っているのは、
神戸に出かけた時、ずっと気づいている意識の広がりのまま電車に乗り、歩いている自分に気づいているクリアな感覚が新鮮だったことをお話した時に、

「それも一つの状態ですね。
いつもそう在ろうするのは、一種の超能力を得ようとするようなもので、マインドを強めることになります。」

というようなお話をしていただいたことが記憶に残っています。



括弧書きのところだけだと、不十分ですので、少し補足します。
よい状態を体験すると、ずっとそうありたい、いつもそうありたい、と思うのは、自然なマインドであり、ただそれはマインドであると気づいていればOKです。
そして、状態は変化していくもの、すべての状態に気づいている意識だけが変わらないものであるという理解を持っていることが大切です。

また、マインドに巻き込まれている習慣からただ在るという方へシフトしていくある程度のところまでは、習慣を変えていくという意味で、それなりの意識的な努力、(習慣は、ある傾向、ある方向へと無意識に力が働きますから。)、マインド的な努力も必要です。
ただ、あまり強い努力は、マインドを強めてしまう可能性もありますから、ただ気づいている、気づいたら在るに戻る、等の最低限、最小限の努力(動き)をし、
(まだいろいろ動きたいマインドがあるうちは、いろいろな実践をダイナミックに行ってみるのもひとつの手です。
未成熟なマインドはあまりにシンプルなものにはなかなか落ち着けません。)
それを繰り返し継続していくうちに、それは徐々に洗練され、より的確なものとなり、また自然なものとなっていき、努力の部分が落ちていくようになります。
(そのようにうまく進んでいるかの確認もしながら進んで行った方がいいですね。
それぞれの方のスタート地点は皆違いますし、タイプも違いますので。)

いつも在ろう、ずっと在ろうはマインドですが、それはある意味、最後の方に落ちるマインドとも言えますし、また、そのマインドはあるところまでは実践を継続していく力にもなりますので、それを排除しようとしたりせず、ただそれには気づいていて、気づいたら在るに戻るというスタンスが基本的にはいいですね。
(ときには、自然に、いつも在ろう、ずっと在ろう、が強く起こってくることはあり、それがプロセスを強力に推し進めることもありますので、たんに現れた形だけでは分かりません。
そういう意味でも、出てきたもの、出てきた形がどうのこうのではなく、基本的には、ただ気づいている、そして、気づいたら戻るがいいですね。)

前述の括弧書きの中の、「超能力を得ようとするようなもの」という表現は極端なものですが、ある特定の状態の実現、それに強く固執し、頑張るのは

(頑張る中で、徐々にその頑張るマインドが落ちていけばよろしいですが。
また、そのようなマインドのエネルギーを使い、マインドをある程度満足させる、使うことによりそのエネルギーを燃やしてしまう、あるいは、それをやってみて、その結果をマインドで知り、マインドが落ち着く(かもしれない)、という意味では、一時的に、それもまた必要な場合もありますが。)

やはりマインドを強めてしまう可能性があり、マインドからの解放とはまったく正反対の方向へ行ってしまうことがあります。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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