それそのものであることの体験を重ね、深め、自己理解と受け容れが進めば、幸せの享受は絶対的なものとなっていく

受講者
静かに、呼吸をしているだけで、平和で満ち足りています。
それを得るために、何かを必死で探したり、無い(と思っている)ものを補おうとしてきましたが、すでにあるのか、、、と。



そうですね。
それに気づき、そのすでにあるもの(在る・真我・純粋な意識・平和そのもの)であることができているときは、それで在ることだけで満ち足りていますから、現われを通して感じることができる本質的な幸せ(在ることの幸せ・気づいていることの幸せ)に関しても、特に大きな出来事(ゆらぎ・動き・波・現象)は必要なく(もちろん、それはあってもいいですが)、静かな呼吸のような小さな出来事(ゆらぎ・動き・波・現象)でも、十分にそれ(現われを通して感じる本質的な幸せ)を享受することができます。

そして、そのすでにあるもの(在る・真我・純粋な意識・平和そのもの・愛・ひとつである全体)そのものであることの体験を重ね、深め、それが本当の自分であるという自己理解を深め、それが本当の自分であるという受け容れが自然に進めば、その幸せの享受は絶対的なものとなっていきます。


受講者
相変わらず、葛藤や様々な感情も起こるし、必死になるし、分からないことばっかりです。
それでも、変わらずあるのかと思うと、クスッと笑ってしまいます。



思考でも感情でも、状況に応じて、あるいは、全体の必要性から、あるいは、ただ単に、起こるときは起こります。
(在ることで全体的な成熟は進んでいきますし、変容もしていきますが、それでも、存在の中にはすべてが在り、すべてが起こる可能性があります。)
また、「分からない」という未知なる部分も永遠です。
(今とは未知そのもの、無限の可能性そのものとも言えますね。)
状況、状態にかかわらず変わらずに在るもの(真我・在る・愛・全体)の方に主たる立ち位置をさらにシフトし、様々に起こり続けるマインドや感情、そして、分からないということも、あるがままに受容できるようになった方がよさそうですね^^

そのような在り方は、トータルであり、愛に満ち、平和で、ときには、書かれてあるように、起こっているマインドをクスッと笑ってしまうようなとても明るく軽やかな在り方です。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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