真に超えた在り方、全てを超えた在り方は、普通

受講者
さて、感想を書こうとしましたが
ありません・・

ただ 気づきました。

師匠は いつも いないのだということを。



はい。
いるように見えて、よくよく注意を向けてみるといません。
いつもいない者は、現われているように見えても跡が残りません。

そして、いつも“いない”者の真の在り処はただひとつ。
“在る”というところです。

(“いる”、“いない”は、現われた個人に関する表現でもありますね。)

それは、すべての現われの真の在り処。
ひとつの波、個人として、絶対的に存在している者は誰もいません。
個人は絶対存在ではなく、現象存在です。


受講者
もしくは あまりに 透明で 偏在し
大きすぎて 見えないのだとも 気づきました。



大きいものは、誰の目にも留まりやすいですが、
大きすぎると、誰にも気づかれません。


受講者
あるいは いつも超えていて普通・・



真に超えた在り方、全てを超えた在り方は、普通です。
それはまったく特別でなく、まったくの普通。
それはいつも在り、何にもひっかからず、目立たず、波立たず、
誰にも特別に注意を向けられることもなく、
すべてを支え、すべてを育み、すべてを包んでいます。
時代を超え、日常を普遍的、恒常的に支えています。
それが在る(愛・真我)です。


受講者
こんな感想が 起こりました。



意識が、個々の共鳴よりもより大きなもの、
あるいは、もっとも大きなものよりも大きいもの
と言われるものを捉えられましたね。

注意、焦点がシフトし、それを捉え始め、
それに溶けていくことにより、
それそのものへのシフトが起こっていきます。

もともとそうであるもの。
そして、大いなる未知、それ自身の無限の可能性へと
未開・未踏の新しきものへと開かれて行きます。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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