微かなものの中に、とても大切な真実が在る

受講者
以前は、私は「微かな」ことは否定して来ていました。
微かなものは、「無いもの」として来ました。 



それは、もっとも大きなものよりも大きく、もっとも小さなものよりも小さいと言われます。
はじめのうちは、静かにならなければなかなか見つからないもの。
また、見つけても、マインド的な価値観の中では、けっして大切なものとは思われないもの、感じられないもの。
成熟し、そしてまた純化され、やさしくやわらかく繊細にならなければ、その素晴らしさを深く味わえないもの。

それは常に変わらずに在り続け、けっして隠れている訳ではないけれど隠されているもの。
それ自身のそのような在り方が、その現われであるすべてを見守りながら、同時にそれ自身を守っています。

それぞれの花々に、それぞれの季節が来て、自然に花開くのと同じように、それぞれの人にも、それぞれの時期が来て、それは自然に開かれるものです。

マインドは一面的で性急ですが、それだけは急ぐわけにはいかないのです。
大切なものは、それが自然に開かれるまで大切にしておかれることが肝要です。

関連する箇所としてご参考までに。

フーマン「恩寵の扉が開くまで 完結編」より

【あなたがどうして「神聖さ」を感じるのか、それは隠されている。
それを一般化してしまったら、それはいわゆる宗教となってしまう。
しかし、本当のところそれを一般化する事は出来ない。
~省略~

私のワークも同じだ。
ある特定の人々の為のもので一般化出来ない。
ある種の物事は、ある特定の人々の間で止めておくべきだ。
これは「純粋」なものだから、「純粋」なままに止めておく。
リトリートでも語ったが、
ある種の物事は聖なる次元に属するものだから
神聖(Sacred)さは秘密(Secret)にしておきなさい。
徐々に広げていけば良い。
そうしないと、純粋性を失う。】

そして、このように返信を書いていると、セッションを受けられている方のブログにも同様のことが書かれることがよくあるのですが、
セッションを受けられているある方のブログ記事
「こっそりといきましょうか」から。

【そこは

誰もが

大勢で

詰め掛けることの出来るところではないかもしれない


秘境は

秘境のままに】


微かなものの中に、とても大切な真実が在ります。
すべてのベースとなるもの。
すべての背景となれるもの。
すべてを貫き、すべてに浸透し、すべてを包んでいるもの。
すべてを支え、すべてを育んでいるもの。

時代を超え、次元を超え、それだけは欠かせず、
それなくしてはすべては存在しないという
普遍的なものの在り方は、

自然であり、

普通であり、

当たり前であり、

けっして出しゃばったりせず、とても謙虚で、慎み深く、

現れている存在のすべてを見守り、

機が熟し、気づいてもらうのを静かに待ち続けている、

とても微かなものです。

それは、それに気づき、それそのものとして在り、

その理解を深めた存在にとっては、

これ以上確かなものはないというほど確かなものですが、

やはり、その確かさと同時に、それはとても微かなまま在り続けます。

その未知なる無限の可能性を秘めたまま、密かに、微かに、静かに、

そして、何よりも確かに在り続けます。

それを知り、そしてそこに落ち着けるようになった人は幸いです。

その人は、真実となり、永遠となり、愛そのもの、平和そのもの、

幸せそのものとして在るようになります。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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