「在る」という愛は、存在するすべては、愛そのものである、それだけを思い出させていく。無限に思い出させていく

受講者
無空さん

無空さんと向き合うと

何が起こっているのでしょうね



そのときに必要なことが起こっています。

そのときに何も起こらないということが必要であれば

何も起こらないということが起こります。


受講者
わたしは「在る」だけですとおっしゃいますが

その「在る」はいったいどういうことなんでしょう



「在る」は、「在る」です。

どこまで行っても、「在る」です。

それはただそれ自身において、その純粋でシンプルな

在り方(愛)が貫かれています。

「在る」は、「在る」ことがすべてです。

「在る」は、「在る」ことですべてを為しています。

「在る」は、「在る」ことですべてが達成されていて、

「在る」は、「在る」ことですべてが成就されています。

それ自身の中で、それ自身において、ただそれ自身であることで

すべてが完結しています。

「在る」の中にすべてが在ります。

「在る」がただ「在る」ことで、

気づいている意識でもある「在る」の中で、

その意識の作用(自然本性・愛)として、すべてが自然に現われ、

その中ですべてが展開されています。

(そしてそれは、「在る」が「在る」ことに全く影響を与えず、

「在る」にとっては、何も起こっていないということと同じです。

在るの中では、すべてがただ自然に起こっていて、

そして、何も起こっていないのです。)

その「在る」の中で起こっていることの反映が

現われの世界であるとも言えます。

あるいは、現われの世界は「在る」の中に在り、

「在る」にまるごと包まれていて、

「在る」の中で起こっていることが、そのままそれ(現われの世界)であるとも言えます。

(現われていながら、本当は現われていない。

無限の旅をしながら、実はそこから一歩も出ていない。

絶対安心、絶対安全、絶対大丈夫の中ですべては起こっている。体験されている。)


ただ「在る」ことで、現われの世界の中で必要なことが起こります。

ただ起こります。

ただ自然に起こります。

その自然な起こりは、愛です。

それは、「在る」という均質で、けっして分けることのできない

ひとつであるものの中で起こる

まるごとひとつとしての起こりです。

全体が全体のまま動く全体的な作用、全体的な現象(愛)。

それは、その自然な必要があれば、

それ自身の視点、在り方を正していきます。

それ自身を癒し、溶かし、浄化・純化し、調和し、統合していきます。

その自然な起こりは、

それ自身の本質を思い出させ、

それ自身を無限に体験し、

それ自身を無限に深め、

それ自身を無限に知っていく

それ自身への愛です。


共鳴中に起こることもそれ(愛)です。

在ることは、愛です。

そして、そこ(愛)から起こることもまた愛です。

そこ(愛)から何も起こらないということも愛です。


すべては愛です。

愛がすべてです。


実際に「在る」ことで、それがより分かるようになってくるでしょう。

ただただ「在る」ことで、より深く、よりトータルに、よりシンプルに、

「在る」という愛が分かるようになってくるでしょう。


「在る」という愛は、

存在するすべては、愛そのものである

それだけを思い出させていきます。

無限に思い出させていきます。


受講者
幸せとか

幸せでないとかがよく分からなくなってきております



一時的な混乱は、本質をより的確に、より深く認識するためには

よいことでもありますね。

また、マインドの変容が起こってくると、

それまでの幸せの定義も変わってきます。

(より本質的な幸せへと意識が向かうようになってきます。)

もちろん、幸せの定義などというものはないとも言えますし、

人それぞれ違うという言い方もできますが、

変わらない幸せということでしたら、「する」というレベル、

現われの領域ではなく、それは「在る」というところに在ります。

また、その「在る」の立ち位置から、

すべての現われは、「在る」の現われであり、

「在る」そのものであるという一元的な見方(愛の視点)ができれば、

何が幸せで、何が幸せでないかという問題はなくなります。

その視点からは、

すべては「在る」であり、

すべては愛であり、

またそれは、相対的な幸せを超えた絶対的な幸せそのものであり、

それがただ現われの世界に、多様性として様々に現れているだけだ

ということが理解できるようになるでしょう。

すべては、どの視点に立っているか、そのことにより見える世界、

体験する世界、そして、そこからの理解が違ってきます。

それ自身が現われであり、移ろいやすい個人の視点をベースにするのではなく、

すべてを包括し、変わることのない「在る」の視点をベースとし、

その上で、多様な現われを理解できる無限の視点を持てるようになるといいですね。


受講者
目の前のことを丁寧にこなしていく

ささやかな喜びを感じています

それだけの毎日になってきております



いえいえ日に数回

もちろん根深いこだわりがあってそれが

あーだこーだと葛藤を引き起こすと

簡単に泣き出すということは起きてはいました。。。

もう二度とそこには落ち込みたくないのです^^



でも

今日は朝からずっと晴れていましたよ^^


さらにもう少し注意深く

気づいているように

また気づくということは

ブログひとつ

コメントひとつにも言えることで

かなり気づいていることを強化した先週の在り方でした



この顕れの世界は多様に織り成し

ユニークで本当に驚き楽しいものだと思います


残りこの地上での人生を悔いなきようにと思う今日この頃です



はい、そのような思いがあるということに、ただ気づいていましょう。

「在る」は、人生を超えています。

「在る」は、すべての存在の無限の人生を貫き、支え、

すべてを包み込み、ただ在ります。

それは、人生の中にあり、人生を悔いなく生きようとする個人を救い、

個人に成就をもたらすものです。

個人を超えること、人生を超えることは、

けっして、個人を、そして、個人の人生をおろそかにするということではありません。

在れば、必然的にその現われである個人は正され、純化され、

人生のクオリティはより高いものとなるでしょう。

地上での人生に悔いなきよう、思いが残らないよう、一瞬、一瞬、在りましょう。


受講者
どこかに

その焦りと悔いのようなものを感じています

また今までと違うマインド浮上でしょうか(^0^)

書きながら消えていきます~~~

ありがとうございます


そうですね

今週は

気づきそのものであり続けることをさらに

気をつけるように心がけてみますね



気づきそのものであることがすべてを正し、

その必要があるものすべてを浄化、純化、昇華、統合していきます。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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