真我、それは比類なきもの

受講者
無空さん

先ほどはセッションをどうもありがとうございました

マインド大嵐でしたか?

巻き込まれていることにも気がついてないですね

きっと

もう大きなエネルギーと一体であるように

マインドと一体でしょうか?

以前お話している何かよく分からない恍惚感のエネルギーとか

不健康ですといわれていたエネルギーとか

全部いっぺんにここに来ているように感じています



よりクリアになっていく過程で、そのようなことが起こることも

ありますね。


受講者
不自然ですか

わたしのブログでもおかしなことを書いていますでしょうか?



気づいている意識はあると思います。


受講者
自分では本当によく分からなくて



気づいていることはほとんど不可能かもしれないです

それほどエネルギーが大きくて



気づきの強さ、繊細さ、柔らかさ等の度合い、程度も様々ですが、

起こっているエネルギーがよく分からなくても、制御できなくても、

意識があって、何かが起こっていることが分かっているのなら、

気づきはそこに在ります。

どんな大きなエネルギーも、どんな手に負えないようなエネルギーも、

究極的には、すべては、真の自己である純粋な気づき(真我・在る)を源として

起こってきています。

相対界にあり、限界のある自我にとっては、

自分よりも大きなエネルギーというのはあるでしょうけれども、

絶対レベルにある真我よりも大きなエネルギーというものは存在しません。

それは比較不可能、比類なきものです。

たとえ、一時的に巻き込まれたとしても、

相対的なものは、絶対には絶対かないません。

起こっては移り変わり、消えていくものは、変わらないものにはかないません。

最後は必ず、普遍的なものが勝利します。

月が太陽からの光を受けて輝いているように、

相対は絶対をもとに

現われは源があって

個別性、特別性は、普遍性に支えられ、はじめてその素晴らしき、美しき輝きを

放つことができます。

個別性は、普遍性によって、

個は、真我によって、栄光化されます。

立ち位置を自我から真我へとさらにシフトしていきましょう。

問題を感じているとき、困難を感じているそのときは、自我の位置にあります。

問題や困難を感じながらも、そのことに気づいているとき、

真我の立ち位置も生き生きとしています。

問題や困難を感じている自我がありながらも、そのことに気づいているとき、

すべてを支え、すべてを栄光化する真我の光はそこに在ります。

それは、すべてを許し、すべてを見守り、すべてを自然な流れの中で、

変容させていく比類なき最強の光であり、

それは、無限の愛そのものです。

それが、あなたの本質です。

大きなエネルギーに巻き込まれているとき、その光(意識の光、気づきの光)は

本当にかすかに感じられる程度のものかもしれません。

でも、光は、すべてを可能にしている光であり、

その本質は、これまで現れた宇宙、今現れている宇宙、

そして、これから現れるであろう宇宙、

そのすべてを含んだものよりもさらに奥深く、深遠で、神聖なものでもあります。

その気づきの光に注意を向け、そして、それそのもので在り、

真の自己の理解をさらに深めていきましょう。


受講者
どうですか?

その願望実現の欲求と

真我実現に向かうエネルギーはどちらが大きいですか?

とお尋ねいただきましたが



そのエネルギーは分けることは出来ません

エネルギーはひとつです

このわたし単体のものですが

また無限のエネルギーでもあります

ただ

言えることは

コントロール出来るものではありません。。



そうですね。

コントロールしようとするマインドは必要ありませんので、

可能な範囲で、ただ気づいていてください。

また、気づけないほどエネルギーが大きいときには、

ただそのままでいてください。

そのまま丸ごとトータルでいてください。

起こってくるものは、過ぎ去っていきます。

そうしたら、“ただ”、在るに戻りましょう。


受講者
それぐらい大きな欲求であり

それが生きている

その生命根源的な部分にまで関わっている部分でもあります


なので

分けれるものではないのです



すべてはひとつです。

そして、クリアになってくると、そのひとつの中に、様々な質、側面を

識別できるようになってきます。

一の中に、同時に多、無限を見ることができるようになってきます。

また、根源からエネルギー(本質的欲求等)が起こり、

どのように展開されていくかも、よく見えるようになっていきます。

見る方の主体を、さらに透明にしていきましょう。


受講者
また別の言い方をすれば

この願望は

この人生を等身大の自分で

輝き生きたいというものであり

この人生を

この生活を

この生きているこの地球の上で

余すことなく生ききりたいということなのです

安心して

安全で衛生的に

すべてにおいて健康的に

生きていきたいということです



それはとても自然なことですね。

何度も在るに戻り、ニュートラルに在り、

愛に溶け、さらなる純化を進めていきましょう。

執着、粘着的な部分、念的な部分の質的な変容が

起こってくるといいですね。

思いは重くなる場合がありますが、在るはとても軽やかです。


受講者
真我はすでに安心で安全で

しあわせですよね

この肉体次元でもそうでありたい

それが実現でもあると思っていますが



そのような思いは自然なものですが、

とらわれないこと。

(そのような思いがあること、起こってくることにも

ただ気づいていて、とらわれないこと。

思いが過剰になり過ぎると、バランスが崩れます。)

とらわれないようにしようとするのではなく、

在ることで、自然にそうなっていくこと、

気づいたら、そうなっていた、

そんな進み方がいいですね。


受講者
そのことは

真我実現と離れていることでしょうか?



ある視点からは、真我と離れているのはマインドですね。

(ですから、マインドを、気づきの主体である真我から

距離のある対象として見ることができます。)

マインドは部分的です。

それが全体である真我と調和するには、

真我そのもの、全体そのものの立ち位置に立ち、

マインドを純化、そして成熟させ、全体と共に

マインドも統合された状態で働くようにすることが大切です。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

初めてご訪問頂いた方へ
悟り|無空庵
お知らせ
公開・週一合同ゼロ意識共鳴
ご案内
浄化のときにはこちらへどうぞ
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
検索フォーム
QRコード
QR
RSSリンクの表示