無欲無名の人の静かな活動、静かな日常、ただ在るその在り方が、深いレベルで全体に大きな影響を及ぼしている

受講者
今週は、無欲であることの温かみ、愛の深さ、大きさを感じている一週間です。

無欲というのは、思考も穏やかですね。

あれをしたい、これが欲しいという個人の欲求は、たとえ小さいものでも、個人を苦しめるものであり、超えない限り、落ち着くことはありません。
それがないというのは、とても楽で、豊かで、幸せです。



何も持たないとき、もっとも豊かであり、自由で、幸せですね。
そして、自分自身すら持たないとき、それは豊かさそのもの、自由そのもの、幸せそのものとなります。


受講者
無欲であると共に、穏やかな生命力と柔らかな活動力がある感じがします。



欲を元にした活動は、ある意味、部分的で、無欲であるときの生命力、活動力は全体的です。
そのとき全体が動き、大きなことが為されます。
でもそれは、必ずしも現われのレベルでということではありません。
無欲無名の人の静かな活動、静かな日常、ただ在るその在り方、ひとつの思い、ひとつの眼差し、ひとつの小さな行為が、深いレベルで全体に大きな影響を及ぼしています。

ニサルガダッタ・マハラジ 「I AM THAT 私は在る」より、参考までに。

ひとたび目的地に到達し、真の本性を知るならば、あなたの存在はすべてにとっての祝福となる。
あなたは知らないかもしれない。世界もまた知らないだろう。
だが、助けは広く行き渡るのだ。
世界のなかには、すべての政治家や慈善家を合わせたより以上の善を為している人びとがいる。
彼らは意図をもたず、知ることもないまま、光と平和を放っている。
他者が彼らの為した奇跡について話すと、彼らもまた驚きの念に打たれる。
それにもかかわらず、何ひとつ彼らのものとして受け取らず、誇りももたず、名声を望むこともない。
彼らには、ただ彼ら自身のために何かを欲望すること、他者を助ける喜びを求めることさえ不可能なのだ。
神が善であると知るゆえに、彼らはただ平和の内に在るのだ。


受講者
どんなことも大切で、最善であり、すべてが整っているという感じです。



海と波の例えを使えば、無欲であるときには、部分である波ではなく、全体である海の状態です。
そのときには、海の現れである波のすべてが同等に大切なもの(ある意味、すべてが我が子のように等しく大切。あるいは、すべてが自分自身そのものとして大切)、最善なものとして感じられ、そして、それらを全体として見れるので、すべてが整っているということが分かります。

素晴らしい状態ですね。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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