理解の力は、偉大。自然でないもの、在るでないもの、シンプルでないもの、真実でないもの、それらすべてを溶かしていく

受講者
現象(仕事)が、忙しくいつも疲労困憊です。
いろいろと反応もおこったりしますが、その日でいろいろ終ります。
溶けて流れていきます。身体のケアをしてゆっくりしています。



起こったものはとらわれなければ、自然に溶けて流れて消えていきます。


受講者
帰宅すると必要な作業はこなしてから、ボーっとしています。
ただボーっとしているようではなく、共鳴が起こりただ在ります。



いいですね。
ただ在ることは、ゼロ・ニュートラルに帰ることでもあり、そこで疲れ等が癒され、リフレッシュし、また、もし、ゆがみ・ひずみ・ズレ等があれば正され、新たな生のエネルギーが充填されます。


受講者
そうしていると理解・再認識がいくつか起こります。
理解が伴うと深まると、こうも溶け去っていくのかと腑に落ちながらです。



ただ在ることで、直知や理解・再認識も起こってきますね。
そこでは、必要なすべてが起こり、必要でないすべてが見事に起こりません(笑)。
あるいは、本当は何も起こっていないという素晴らしい真実が起こります。
そこにそのように真実が実在していることに気づきます。
(この素晴らしさ、この真実の深みは、何か起こることを期待しているマインドでは、捉えることができません。)

そして、書かれてある様に、深い理解はいとも簡単に多くのものをスルー・通過させ(しっかり知覚・体験し、かつ、ひっかからない、とらわれない)、また、溶かしていきます。


受講者
私は、幼少のころから既に「気づき・意識」があったんだなと再認識、その頃を思い返していました。
その時の感覚は、「わたしの中にある  何もしたくない」と生まれた世界とのギャップとして、理解のないまま捉えていました。

「私の中は何もしたくないのに、世界は何かしなければならない感じ。」

「大海原に小船をふいと出されたような孤独感。どう生きればいいんだろう。」


その頃でも、思考や感覚と違うところで捉えるところがあり、皮膚感覚で感じ、平たく言うと「感受性」になると思いますが、傷つき方はより痛いですし、捉えることと周囲との違いで、人間関係が怖くて・めんどくさいと思っていました。
捉える視点で、人の都合が変わりやっかいだなと思っていました。



マインド(個人)主体だと、個人の都合でコロコロ変わっていくことがあり、真の安心・安住・信頼は得られません。
在る(真我)が主体であれば、現われのレベルの姿形、意味、内容にとらわれないため
(全肯定、全受容、あるがまま、どっちでもいい、どれもが同等、どれもが素晴らしい、どれもが美しい、すべてが愛おしい。(注)ここでの全肯定、全受容は、一度それに気づき、認識する、それが在る、それが起こったと認める、受け容れるという点においてそうなのであり、そこから全体の必要性、自然な反応等として、相対的な否定、非受容が起こることはあります。
それをも含めた全肯定、全受容と理解して頂けるとありがたいです。
ですから、相対レベルで、嫌なものは嫌、嫌いなものは嫌いというのがあってもいいですね。
それが相対性、多様性の世界の自然な在り方、自然な姿です。)、
安心、安定した人間関係が築けますね。


受講者
視点の違いからの理解のされなさ。何度も病気もしました。倒れました。
これまでのプロセスの中で、気づき・意識がありながらも理解不足のため、しんどい時期もありました。



真実を知っている魂がこの世界に生まれた場合、そのような体験、プロセスを経る場合がありますね。
まったく同じではないと思いますが、共感できる部分がある方も多いのではないでしょうか。


受講者
そのころ不思議に思っていたのが

「なんで忍耐つよく在るのだろう」
「なんで見守れるんだろう」

というまた自分とは離れたところで「私」を同時に捉えていたんです。
なぜ見守る姿勢や忍耐力が生じるのか、これは私(個)であって私(個)でないものという感覚。


ここで、無空さんから「在るは全て備わっている」と教えていただきました。


セッションを受けながら、体験を重ね理解が深まり更によく見えてきて、実際は関係性から生じる「人間の概念」が怖くといったところだったんだと思いました。

そして忍耐見守りの質は在るの質であり、失われるものではないのですね。



そのとおりです。


受講者
自然に在る、シンプルになってくる、これに理解が伴うと、以前を再認識することが起こる。
これは何度も体験を重ねながらでの理解です。
それらがまた溶かすということが起きてくる感じです。



理解の力は、偉大です。
自然でないもの、在るでないもの、シンプルでないもの、真実でないもの、それらすべてを溶かしていきます。
それらはすべて実在ではありません。
実在は、永遠不滅、不変不動で、溶けも消えも、生まれも滅しもしません。
実在は、その尊厳、威厳を持って、そして、何よりも謙虚に、何よりも慎ましく、ただ普通に、ただやさしく、ただやわらかく、ただ自然に在り続けます。
それは何も主張せず、その沈黙の中ですべてを語りながら、ただ在り続けます。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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