すべてはそれであるという一なる理解

受講者
ここ2,3日は、夫に対するイライラやら怒りやらが起こっていました。
ですが、巻き込まれているという感覚はありません。
浄化であるという感覚もあまりありません。



あるところまでは、直線的な時間の流れの中で起こってくる現象の経過を見て、プロセスとして、ひとつの視点からそれを浄化と捉えることは、マインドが理解・納得等し、安定して実践を継続していく上でも有効です。
そしてそのプロセスを通り、あるところまで来ると、起こってくるもの、起こってくることに対して、それまでのように特定の捉え方をして、浄化等名前をつけて呼ぶことに違和感を感じたり、不適切であると感じるようになってきます。
あるいは、そのように捉えること自体が自然に落ちてくるようになってきます。

直線的な時間の流れという認識を元にした見方、様々な意味付け、観念等からも無意識的な影響を受けなくなってきます。
海の波の例えで言えば、それまで海に起こるひとつひとつの波に、その波の性質、形状、大きさ等の違いから、それぞれ別の名前をつけて呼び、理解・認識していたものがすべて落ち、すべてが同じ波になります。

(理解としては、それまで別々の名前を付けて呼んでいた様々なものについての理解の仕方も残りますので、日常生活をしていく上での不都合は起こりません。
ただ、覚醒等に関する理解もないままそのような体験が突然起こると、マインドが混乱してしまう場合があります。
トータルに直接体験された真実と、マインドというフィルターを通し、便宜上、様々に意味づけされ、区別、分離された認識の仕方との間に、大きなギャップが感じられることがあります。
そしてそこから、様々な体験、経験、学びを通し、ハートとマインドが成熟していくことにより、そのギャップが徐々に埋められていきます。
そのような流れの中で、多様性のすべて、在るものすべてはあるがままに含まれ、何ものも排除されず、すべてが包み込まれ、抱き込まれ、統合されていきます。
すべてがそれへと還っていきます。
真・善・美、それが本来あるべき場所、真実、愛、全体であり、ひとつであるというその存在がそこに在ること、それで在ることがもっともふさわしく、もっとも正しい場所へと還っていきます。
そこでは、あるものすべてが統合されると同時に、すべてはそれであるという一なる理解に至ります。
そのような理解に深く落ち着いた者にとっては、多様性のすべては、一なるよろこびの波であり海、全体というよろこびの波であり海となります。)

視野・知覚・認識・理解の地平が360度全体に開き、時間と距離ゼロの場で全体を全体として、ひとつであるものをひとつであるものとしてトータルに、そして、ニュートラルに、あるがままに認識、理解できるようになってきます。

海そのものでもある海の中のひとつひとつの波と同じように、様々に起こってくる思考、感情、出来事、関係性の中で起こってくる心身の反応等も、すべては全体(愛)の中で起こっているただの自然現象(愛・愛の現れ)、別の例えを使えば、それは日々の天候と同じようにただ自然に起こってきて、移り変わっていくものであると、ただそうであると理解、認識できるようになってきます。
そして、表現もまたそのように表すことが自然なものとなってきます。


受講者
ただ起こっているという感じです。
背景はまったくの不変不動、静寂です。

セッションでもお話ししましたが、20歳前後の頃に、ある朝、目が覚めると、「世界に属していない」、「世界から離れている」という感覚になっていたことがありました。
友達と話していても、違う次元にいるようで何を言われてもまったく傷つきません。
とうとう頭がおかしくなったと思い、医学書で調べて、離人症という症状ではないかと思っていました。
それは何日か続きましたが、ある日、世界に属している感覚に戻りました。
色んなことに巻き込まれている感覚が戻ってきて、ホッとしたのを憶えています。

つい最近、そのことを思い出し、記憶の中では「頭がおかしくなった出来事」でしたが、それは、一時的にマインドが静まって、真我が前面に出てきていたのだとわかりました。



私もプロフィールにありますが、20代の頃同じように一時的にマインドが落ちた体験をし、そしてその体験を真にトータルに理解できたのは、15年以上経ってからのことでした。
その頃は、そのような体験を説明してくれる本や指導者というのは、ほとんどいなかったのではないかと思います。
今は、よい時代になりましたね(笑)


受講者
その当時は、悟り・目覚めなどまったく知りませんでした。
それでも真我を知らなくても、当たり前にすべての背景は真我であり、在るであるということの理解が、この記憶を思い出したことで一段と深まりました。

思い返せば、まったくの平安であったのに、そこに落ち着けないのは成熟していないマインドであり、雲が流れれば、太陽が顔を出すように、当たり前に真我はそこにあり離れていたことなどありません。
また、離れるも戻るもない。すべて真我そのものである。でもあります。



理解が深まると認識の仕方、あるいは深さ等が違ってきます。
そして、そこから普段の在り方、態度、言動等にも変化が現れてきたり、より深みが出てきたり、あるいは、より軽やかさが増してきたりしますね。


受講者
理解がまた一段としっかり貫いているように感じます。



そのようで、とても素晴らしいですね。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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