自分自身を許し、受容できるのがハート

受講者
私は深いところで自分を許せない感覚が常にありました。
今回のことで自分を縛っている縛りがほどけ始めたような気がしています。
いや、もう既にほどけて溶けているようでもあります。

ここのところ以前と比べて夫と接するときの苦痛感が違います。
確かにまだ反応は起こりますが、その反応に対して、反応を起こしているという自分に対しての反応が少なくなっているような気がしました。



そこが大事ですね。
自分自身を責めるのが(未成熟な)マインド。
自分自身を許し、受容できるのがハートです。


受講者
私の場合、起こってくる反応を起こしてはいけない!と、マインドが思っていたんだと思いました。



そのとおりです。
ほとんどの方(マインド)の傾向ですね。


受講者
今回のことで「起こってくる反応は起きてもいいよ」と、マインドも納得して許可を出してくれたようです。



ひとつの成熟とも言えますね。


受講者
反応が起こるイコール在るから離れる、と思っていたようです。



在る(愛・真我)から離れることなどできません。
なぜなら、それは自分自身だからです。
そして、本当は、全部が在る(愛・真我)であり、在る(愛・真我)だけがあるからです。

源と現われを識別し、在ると思考、感情、その他様々な出来事、多様に現れている存在の現われを別なものと見る視点がひとつあります。
源も在る。現われもまた現れた在る。どちらも同じであり、それがすべて。それ以外何もない。という視点がまたひとつあります。
根っこと茎や葉、花の部分は別々の存在ではなく、それすべてでひとつです。
便宜上、それぞれに名前を付けて、その役割、機能等で分けているだけです。


受講者
今は、起こる反応は起こさせておいて、もし在るから離れた感じがしたら、在るを意識してみればいいと思いました。



そうですね。
意識すればそれはいつもそこに在ります。
それは意識する意識そのものです。
たとえ、意識して感じられないときがあっても、まったく問題ではありません。
意識している存在自体がそれであり、在るですから、けっして在るから離れるということはありません。
その理解を持っているといいですね。
在るとは、意識している自分自身、厳然と存在している自分自身以外の何ものでもありません。


受講者
在るはベースに既にあるのだから、反応云々も含め、きっと、すべて何もかもを包括してくれているのでしょうから・・・。



そのとおりですね。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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