状態が良いか悪いではなく、在るかどうか、愛で在るかどうか、それだけ

受講者
ただ、元気が出てきたところで、マインドも元気になったようで(!)
休み明けからは、どんよりしたマインド、時間に追われてピリピリするマインド、いつになく毒舌だったり反抗的なマインド、そして「私はもうだめだ、幸せになることはない、あきらめろ」「今まで何をしても変わらなかったし、これからもそうだ」というマインドがでできました。
しみじみと味わったあと、また穏やかさを取り戻しつつあります。



パターンは繰り返し出てきながら、ただそれに気づいていることで弱まっていきます。
そのような理解で在りましょう。
マインドが一通り出たあとはよりクリアになっているということが、何度か繰り返していくと実感としてお分かりになってくると思います。


受講者
ここしばらくずっとそうなのですが、次々と自分の状態が変わっていくので、良いとも悪いともいえません。



どんどん浄化、変容が進んでいるというところだと思います。
そのような理解を持って在りましょう。

また、次々と状態が変わっていっていることに気づいているという気づきそのものは変わっていません。
その変わらない気づき、気づいている意識があるからこそ、次々と状態が変わっていることを認識できます。
その気づきそのものが在るでもあり、それは状態の変化、良し悪しに影響を受けません。

状態が良いか悪いではなく、在るかどうか、愛で在るかどうか、それだけです。
状態の良し悪しだけに注意が向いていると、状態が悪いと、在るは悪い、状態が悪いと、愛は悪いという視点になっていってしまいます。
そこからすべての状態が起き、それらすべての状態があることを許しているのが在るであり、愛です。
それは「すべて」を許しているものです。
その立ち位置に在りましょう。
そうすると、見え方、感じ方も変わってくるでしょう。

状態をよくしようとするために在るのは、マインド側の考えです。
在るをマインドが使おうとしているというマインド主体の状態です。
そこには目的、動機があります。
スタートはそれでもよろしいですが、在るには目的、動機がありません。
在るは、それらを超えています。
在るは、目的があったから出現したわけではありません。
それは、目的を超えて時間を超えて在ります。
それは起こってきたり、消えたりするものではありません。
それはすべての源であり、そしてそれだけが何にもよらず、ただ在ることができるものです。
すべての源として在ることができるのは、ただ在ることができるものだけです。

それで在り、それに確立するには、何かのためになどの目的、動機なく、純粋にただ在ること、
あえて言えば、在るために在ること、
そちらの方に徐々にシフトしていけるといいですね。


受講者
コントロールも不可能ですし、あとはただ、なるべく静かに見つめていられたらいいな、と願うばかりです。



そうですね。
そして、可能であれば、在るの方により注意を向けていきましょう。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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