在る=意識=至福(サット・チット・アーナンダ)

受講者
昨日、夫から文句を言われたのですが、言われているとき、夫から起こる文句、思い、感情が愛おしく感じられました。
そして、そう感じられることがとても幸せでした。



相当なところまでこられましたね。
起こることの内容ではなく、それが“在る”というところに自然に焦点が当たっていますね。

“在る”というところでつながり、“在る”というところでひとつで在るとき、すべてのものに愛おしさ、近しさ等が感じられます。

そして、書かれてあるように、それはとても幸せなことです。

それは、セッションでも言われていたように、個人レベルの愛おしさからくる幸せというよりも、ひとつであり、全体である自分自身(在る・愛)を感じることができている幸せと言えます。


在る(全体・ひとつ・愛)が、

自らが在ること

それに気づいていること

自らに覚醒していること

自らに開かれていること

それが至福です。

それはどこまでも無限に開かれていきます。


在るは意識で在るがゆえに、自然にそれ自身に気づきます。

在る=意識=至福

それが、サット・チット・アーナンダ です。


受講者
私は、ただあるがままに夫の文句を聞いていましたが、何も起こってこなかったので、何も言いませんでした。

その後は、静かにそれぞれのしたいことをしていましたが、2~3時間後に食事の準備をしているとき、ふと「謝ろうかな」という思いが起こってきたので、謝りました。


私  「さっきは、言い方が悪かったです。ごめんなさい。これから気をつけます。」

夫  「分かった。」


で、終わりました。



シンプルですね。


受講者
ずいぶん昔でしたら、平和に戻そうとして、思いが起こってもいないのに謝ったりしていたように思います。
最近は、本心に正直に言動するようにはなっていましたが、今は、よりシンプルに、ただ起こるがまま、あるがままです。



素晴らしいのは、ご主人の起こる文句(在る・愛)をただ聞いていられたときから、その後、2~3時間、食事の準備をされていた間、そして、「謝ろうかな」が起こってきて、謝られて、起こってきた出来事が収束するまで、ずっと何か感情的なものを引きずったりしていない、そういったもの(感情等)が起こっても来ていない、ただ在ったということ、在るがまま晴れ晴れとしていられたということですね。

出来事、現象はただ起こった。
そしてそれは、シンプルに、在るがまま美しく、収束、終結、完結し、その間、その出来事、現象にまったく影響を受けない在るで在ることが自然にできた、
(だからこそ、その出来事は物語化せず、ただシンプルに美しく収束、完結したということができますが。)
ということが本当に素晴らしいですね。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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