意識は何事にも動じることはない

受講者
家族がテレビをかけている場所でも、周囲の環境に関わりなく瞑想できるようになったことをお伝えしましたが、動じないというか確固たる自分、真我が育っているという思いがいたします。



意識は何事にも動じることはありません。
それは不動の気づきです。
何かが起こると動じるマインドでなく、そのマインドに気づいている意識・不動の気づきが、真の自己・本当の自分であるという理解が深まってくると、あなたのように、周囲の状況に関係なく、確固としたそれ(不動の気づき・真我)として在ることができるようになってきます。

不動不変の真我が、変化する現われの世界を通して成長し、より確固たるものとなっていきます。
またそれは、今起こっていることと調和し、今在る環境の中に溶け込んでいながら、より自然にそれ(真我)で在ることができるようになる、さらにシンプルにいえば、より自然(本当の自然)になる ということでもあります。

木の隣に立っていれば、どちらが木か分らないくらいに。
花と共にあれば、花だけが在ると感じられるくらいに。

それでも、在るという自覚がしっかりしている場合は、木や花など他の存在と、その在るという本質においては同質、同等でありながら、同時に、その存在感が際立っていることもあります。

自然の中でも、ひときわその存在感を放っている木や花や石などもありますね。
神木などといわれるものはその代表的なものかもしれません。

そして、人もまた、すべてそうである、人はすべて神的な存在、神聖なる存在ということができます。

在ること、意識自体が神聖そのものです。

ですから、誰もが例外なく、神聖な存在です。

そして、その自然で神聖な存在感は、その本質をどれだけ思い出し、どれだけその自覚、自己理解に開かれているか、どれだけそれを自然に具現しているか、実現しているか、によります。

現われの世界での経験を通して、真我が無限に成長していきます。

そして、それ(真我)は、周囲との完全な調和の中に在りながら、周囲の影響を受けず、

(変質させられないという意味であり、様々な体験、味わいは、意識と理解の深まり度合いにより無限に深まっていきます。)、

ただそれで在るだけで、周囲に深遠でトータルな影響を及ぼしていきます。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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