ゴールに在り続けること。ゴールそのものとして在り続けること

トータルにクリアな状態になるまでは、クリアな状態と、浄化が起こって、クリアに感じられない状態の、ある意味、繰り返しです(大雑把に言えばですが。)。
そのようなプロセスの中でもずっと変わらないのは、それぞれすべての状態に気づいているということ(真我の気づきという在り方)。
そして、在るということ(在ることが基盤となり、すべてのことが起こっています)。
また、そのようなプロセスを通りながら、マインドは様々な状態に対して、あるがまま、ただそうであるということを徐々に受け容れながら、成熟していきます。

真我実現(日々、そうであることが自然な状態の実現)のために、真我と同じ在り方で(今でも間違いなく真我そのものでしかないのですが)、一瞬、一瞬、気づき、そして、在るとして、
それが自然なものとなる日まで、現れであるマインド、そして、身体、言葉、行動のレベルも含め、存在全体が真我を自然に反映するようになるまで、意識的に在りましょう。
何度も、それに戻りましょう。
もっともシンプルなものを実現するために、もっともシンプルなもので在りましょう。

気づき、在ることは、徐々に簡単で、自然なものとなっていくでしょう。


ただ、このように書くと、マインド、ヴァーサナー(心の潜在的傾向)は喜びます。

目標ができ、そこに到達するために、日々の努力ができ、その中で生き生きと働くことができるからです。

ここで大切なのは、

今実現されていない、先にある目標に向かっている、という在り方にならないこと。

マインド、ヴァーサナーはこれをしたがります。


ただ在ることです。

その都度、その都度、一瞬、一瞬、実現されているという在り方です。

どこまでもこれです。

それが自然なものとなっても、ただただこれが続いていきます。

本当は、これ(真我・在る・気づき)しか存在したことはありません。

今もそうですし、これからも、ずっとそうです。

一瞬、一瞬、その都度、その都度の在り方が、すでにゴールで在るということです。

ただただ真我を “実現し続けていく”、そういう理解で在って下さい。

ヴァーサナーの侵入をなるべく許さないように。

巻き込まれたと気づいたら、“ただ”戻ってください。

“ただ” というところがとても大切です。

(実際は、気づいたときには戻っていますが、そこで再認識してください。)

気づき、在るの感じられ方、その強さ、深さなどは、その都度違うかもしれません。

あるいは、マインドに巻き込まれて、それに気づいているのが精一杯のときもあるかもしれません。

でも、それらはまったく問題ではありません。

どんな状況、どんな状態でも

今真我がこのように実現されている、という理解で(まさにそうなのですが)、在り続けてください。

そう在り続けることで、ヴァーサナーはいつのまにか弱まっていき、真我の中に溶けていきます。

愛の中に還っていきます。

今在る状態から(どんな状態でも)、別の状態、よりより状態などへ行こうとしないこと。
(「在る」から「する」になってしまいます。)
マインドは今にいられないので、その本性(これもヴァーサナーと言ってもいいですね)からそのように働きます。
どこまでも、どんな状態でも、気づきとして在ること。
気づいていること。
そして、在ることです。
それが真我です。
それが真我の在り方です。

そう在ることで、必要な変化は必要なタイミングで勝手に起こってきます。
ある状況、ある状態に対応した必要な反応などは自然に起こってきますが、そのようなときでもベースには必ず在るが在り続けます。
それなしでは、マインドも、どんな状態も、どんな現象もありえませんし、また、気づきについてもまったく同様です。

気づきがなければ何も存在しません。
在る、気づきは、すべての現われ、すべての状態の基盤であり、どんな現われの状態のときでも、それだけが絶対に変わらずに在るもの、いつも根底、核に在るものです。

静かである、止まっている感じがする、エネルギーが高まっている、無努力で在ることができている、などと分るのは、気づきが在るからです。

マインドが騒がしい、重苦しい感じがする、気持ちが暗く沈んでいる、実践になかなか意識が向きにくい、集中できない、などという状態を認識できているのは、気づきが在るからです。

そして、それら様々な状態自体が起こっているのは、在るが在るからです。

気づきと在るは、同じものの二つの側面ですが、様々に状態が変化する中で、それだけが変わらないものです。
いつ戻っても(距離はなく、焦点がそれ自身に当たるということですが。)、必ずそこに在るものです。
それが真我であり、真の自己、本当のあなたです。

上にも書きましたが、ヴァーサナーが、気づきで在ること、在るで在ることから焦点をずらそうと働いてきますが、その都度戻ればまったく問題はありません。
何度も戻り続けることで、それ(ヴァーサナー)は弱まっていきます。

そして、もうひとつとても大切な理解は、
どんなに焦点がずれていようと、それはただ焦点がずれただけで、けっして、気づき、在るがなくなったわけではないということ。

その理解が深いと、よりリラックスして、一瞬、一瞬、気づき、在るで在れるでしょうし、巻き込まれることがあっても、それ自体も気にならなくなります。
ヴァーサナー自体の力も弱まり、ゆるんでくるでしょう。


真我の在り方、気づき、在る、で在るときが、真我実現状態です。


ただそれを実現し続けてください。

ゴールに在り続けてください。

ゴールそのものとして在り続けてください。


そこには、真我実現状態の、自然さ、深さ、広さ、トータルさの増大、

そして、気づき、在る、が真の自己であるという自己理解の進展だけが在ります。

そして、その自己理解の進展の中で、

真我の様々な素晴らしい質も開かれていくでしょう。

愛と喜び、自由と平和、幸せが増していくでしょう。


シンプルに在りましょう。

シンプルで在りましょう。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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