真我(在る・空)は、何も所有せず、何にも捉われず、ただ在るだけ

内側で起こる思考、感情も、内側で起こっているからと、自分の思考、感情とする必要はまったくありません。
(この「自分」というところが、すでに実体のない自我ですが。)
それに気づいている真我からすれば、ある意味、すべての思考、感情は外側であり、それは誰のものでもありません。
(本当は誰もいません。ですから、「誰のものでもない」という表現すら適切ではありません。
唯一実在するのは真我です。誰もいないということに気づいている真我は、特定の誰かと言うことができない何者でもない者であり、そこからはやはり「本当は誰もいない」という表現が自然に起こってきます。)

それは空に浮かぶ雲が、誰の頭上で発生して、誰の頭上にあろうとも誰のものでもなく、空から降ってくる雨が誰の頭上に降ってこようと誰のものでもないのと同じです。
(本当は、身体はあっても、その身体を所有する特定の誰かはいません。真に在るのは、その身体やその他すべてに気づいているそれ(在る・真我・空・純粋意識)、それだけが在ります。)

特定の誰かが、何かを起こして、何かを所有しているわけではなく、すべては、真我(在る・空)からただ起こっているだけです。

もし、識別するのなら、

ひとつのものであり、万物の源である真我と
そこから起こる思考、感情を含めたあらゆる現われ。

源と現われ

それだけで十分です。

唯一の源から発生したものを、自分のものと他人のものとに分け、所有したり、しなかったりするのはマインド(個人・自我)です。

どんな素晴らしいインスピレーション、アイデア、思考、感情、フィーリング、そして、どんなに相対的に好ましくないとされる思考、感情等が起こってきても、それは誰のものでもありません。

それらには、それ自体にそれぞれの運命があります。
必要なものは現象化、現実化し、そうでないものはただ消えていきます。

真我(在る・空)は、何も所有せず、何にも捉われず、ただ在るだけです。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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