無為

受講者
先ほどは、ありがとうございます。

仕事は、やっているはずなのですが、
いつも、何もしていないような感じが
続いているお話をしました。



自我である「自分が、私が」というもの、
「自分が・・・している、私が・・・している」というものが
弱くなってきている、薄くなってきている、あるいは、起こってもすぐに消えていっている、
あるいは、起こらなくなってきている、という感じかもしれませんね。


受講者
共鳴中、無空さんが、言われた、私は何もしていない。。
という言葉が、ぴったりな感じ。。です。



ただ在るだけですね。

でも、真にただ在れているときには、何もしないのではなく(その存在を通して何も起こらないのではなく)、
今のあなたのように、そのときそのときの状況に必要なことが存在を通して自然に起こっていきます。

(何も起こらないことが必要なときには何も起こらない、ということも含めて。
また、何が起こるのが適切なのかは、それぞれの視点により様々ですが、
真のところは、マインド、あるいは、人智を超えたレベルにあります。)


受講者
共鳴は、今のエネルギーにドップリと
両足から入るイメージをしてみました

あるテレビドラマを見ていた時
両足、ドップリ浸かったなという言葉が、とても
印象的だったので、
いい意味での、抜けないくらい、ドップリ
浸ろうと、思いました。



それも自然に起こった感じですね。


受講者
ハートの共鳴も、立場を変えての共鳴も、

今まで、培った、知識も、みんな
溶けるようにもイメージしてみました。

そして、溶けてゆくようでした。



そのときどきで、必要な知識というものはありますが、
あるところまで来ると、ただひとつであり、すべてであるもの(在る、愛、全体、本質、自然、真の在るがまま、真・善・美)が
それまでのものに取って代わるようになってきます。

また、「溶けてゆく」という表現からは、

すべてのものは、そこ(在る、愛、全体、本質)から現れ、そして、またそこへ還ってゆく、

そこに溶けてゆく、

それだけが在る。

という視点、理解も見ることができます。

もう少し違った表現をすれば、在る(愛、全体、本質、ひとつであるもの)から
そのときどきの状況、必要により現れ、歩みをサポートしていた知識が、
在る(愛、全体、本質、ひとつであるもの)に統合され、
それまでの形を必要としなくなった、という見方もできますね。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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