自分自身に意識を向けること、自分自身であることは最大の愛の実践であり、それがそのまま最大の愛の実現

受講者
無空さんに日常、何も感じなくても意識を向けるだけでいいと言われて
ああ、そうだ、と腑に落ちました。



日常生活では、外側に意識が向く時間が多いのは自然なことですが、
その中で、気づいたらほんの一瞬でも、自分自身(在る、気づいている意識、愛、ゼロ、源、全体)に
意識を戻すことはとても大切です。
それを一日の中で、可能であれば何度も行えるといいですね。

(お仕事中やどなたかとお話ししているときなどは、存在全体でそちらに集中してください。
その合間や、おひとりのとき、余裕があるときなどに、ほんの一瞬、自分自身に戻るだけでもいいです。
それを繰り返していくことにより、お仕事中でも、どなたかとお話ししているときでも、
自然に在るの質がそこに浸透していくようになります。)

意識を向けたものが活性化します。
そして、意識が向いていないものは不活性状態となり、

(外側の対象ではなく、自分自身に関していえば、
真の自己理解が深まれば、それは意識が向いている向いていないにかかわらず、
自然にその自己理解の力が働くようになります。)

外側に巻き込まれていた状態

(源である在るから見れば、起こってくる思考も感情も外側とも言えます。
あるいは、それ自身の中で起こっているという視点であれば、
やはり起こっているものに気づいている意識、自分自身の方に注意を戻す、
という感じで行ってみましょう。そう在りましょう。)

から、(一時的にでも)離れることができます。
ほんの少しの間、あるいは、一瞬でも、意識の向いている方向が変わること、
「我に返る」という言葉もあるように、自分自身に注意が戻ることはとても大きなことです。

(そのこと自体がとても大切なことであり、とても素晴らしいことなのですが、
さらには、そこからまた新たな意識で外側のことを捉えることができるようになったり、
在る(自分自身)から、新たな何かが起こっていくこともあるでしょう。)

自分自身(在る、気づいている意識、愛、ゼロ、源、全体)に意識を向けたときに、何も感じられなくても構いません。

(何も感じられないということを感じている、そのことに気づいている、
または、ある意味、他の感じ方と違う質とも言える「無」や「空(くう)」、
「ゼロ」、「ニュートラル」あるいは、「普通」をぼんやりと感じているとも言えるかもしれません。
━もちろん、「無」や「空(くう)」や「普通」をはっきりと感じられることもあります。
そして、それがそれだと分かり、それを自覚、認識することを繰り返していけば、
その認識力は高まり、また、理解が深まっていき、「知っている」という状態、
在り方となれば、それは努力なく、精妙かすかでありながら、
同時にとてもはっきりと感じ、認識することができるようになるでしょう。━)

意識を向けること自体が愛です。
自分自身(在る、気づいている意識、愛、ゼロ、源、全体)に意識を向けること、
自分自身(在る、気づいている意識、愛、ゼロ、源、全体)であることは最大の愛の実践であり、
それがそのまま最大の愛の実現です。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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