視点、捉え方により、様々な理解がある

受講者
先ほどはセッションありがとうございました。
今日はラメッシさんの本について
色々と語ってしまいましたが(汗)
それにもかかわらず何だかクラクラしていました。
セッションが始まる前からクラクラ
終わってもクラクラでした(汗)



共鳴により、何か調整のようなものが起こっていたのかもしれませんね。


受講者
ただ、ハートの共鳴の時に
どこからか恐怖が湧いて来たのに気付きました。
そしてセッション終了直後に
かなりネガティブな感情
(今日はこれで良かったんだろうか)
という不安と恐怖がドッと出てきたのですが、
暫く黙ってそれを感じていると
それは去って行きました。



はい、起こっていたものは、つかまなければいずれ自然に消えていきます。
よい体験でしたね。


受講者
どうもなんとなく
「『自分』を守っているなぁ」という感じが
ありますが

全てはプロセスなんだろうから
仕方がありません(^^;

ふと、今思ったのですが
例えばラメッシさんの本を読んで
何かしら自分が理解できることがあったとして

しかしながら
それは、そこで理解できるようになっていた
起こるべくして起こった事だとすると

自分が何かを理解した、気づいたと思っても
それすら決まっていた事で
もう、まな板の上の鯉というか

自分は何も達成できないんだなぁ、という…。



達成体験はあります。
(そして、達成者はいない、というのが、
真我のひとつの視点です。)
視点、捉え方により、様々な理解があります。

個人である自分が達成したという視点、
達成体験、達成現象の中のひとつの要素として
個人も現れているという視点など・・・。

真我のひとつの視点からは、世界は現れであり、
そこにある個人も同様に、変わらない本質ではなく、
繰り返し現れてくる現象と見ることができます。

(その核には、気づいている意識、真の自己、
真我、在るが在ります。
また、個人は、現象として現れた真我という言い方もできます。)


受講者
とはいえ全てはプロセスで、
もう仕方がないというか。

でもそのプロセスを完遂する為に
自分がここに存在している、
存在させられている、
創造されている、と考えると

「ありがたいなぁ」という感覚も生まれます。



感謝の感覚はとてもいいですね。


受講者
という…セッション後に起こった混乱そのままを
メールに綴ってみました。



はい、起こるがままに。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

初めてご訪問頂いた方へ
悟り|無空庵
お知らせ
公開・週一合同ゼロ意識共鳴
ご案内
浄化のときにはこちらへどうぞ
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
検索フォーム
QRコード
QR
RSSリンクの表示