在って、自然に起こること、起こるものは起こり、そして、自然に感じられるだけ感じられて、体験は完了、完結する

受講者
とにかく今の私の課題は
自分の中に壮絶に感情のエネルギーが溜まっているらしいという事で
特に最近は、悟り系の本やブログにイライラする事があります。
最初はそれを「マインドの抵抗」かと思ってたんですが
そうではなくて

自我は自分じゃないとか
感情と自分を切り離せとか
全ては決まっているから自由意思は無いとか
流れのままに委ねろとか

そういう言葉を、ある意味で私は
「抑圧」に使ってしまっていたので
イライラしていた、という事に気づいたんです。
だから「在る」であれという事に対しても
それが自分を抑えるような気がしていたのですが

無空さんに
「時に『在る』を忘れてもいいから
感情は感じ切って
それからまた『在る』に戻ればいい」とか、
とにかく感情を出す事(感じ切る事)は何よりも大事で



「感じ切る」という表現はあまりしないと思いますが、
(個人主体の行為という感じが強めになる可能性があるため。
ただそれも個人の成熟という点では、有効ということが言えます。)
今回は、感情を抑えられていたということもあり、
そのようなニュアンスで伝わったのだと思います。

在って、自然に起こること、起こるものは起こり、
そして、自然に感じられるだけ感じられて、
(必要なだけ十分に感じられて、とも言えます。)
体験は完了、完結します。

純粋な体験は、存在の栄養、叡智となりますが、
形として残るものは何もありません。

とてもクリアで、軽やかです。
そして、存在の深さ、大きさ、厚みは増していきます。


受講者
それはマインドや意識が変化していくプロセスなんだと言われて、
かなりとても解放感を感じました。

悟り本や、悟りブログも読み方次第ですね。



そうですね。


受講者
どうも私は昔から「先生」に従うというか
カウンセラーやセラピストに対して「イイコ」になって
「成果を出して喜ばそう」として頑張るところがあって
それが本来の自分の想いを抑圧する事になってしまって
せっかくセラピー等を受けても効果がありませんでした。

だけど最近になってやっとこさ
「先生」とか「セラピスト」も「普通の人」なんだ、と気が付き(^^;
「悟った人」でさえ普通の人なんだなぁという事が腑に落ちてから、
「他人を喜ばす」パターンが消えてきたのです。



とてもよい感じですね。
悟りという言葉を使い、何を悟るかということを
ひとつの視点から表現すれば、
それは、真の自己、真の普通、真の自然を悟る(直知する、理解する)ことだとも言えます。
悟りの実現は、(真の)普通の実現でもあります。
特別ではなく、普通の実現です。

(真の普通の中には、無限の特別が含まれています。
それが、完全に普通の中に収まっています。
無限にある特別は、完全に普通そのものとして、自然そのものとして、そのまま生き生きとして在ります。)


受講者
本当は…「したい事」がいっぱいあるんです。
だけどもなかなかそこに踏み切れない感じがありまして…。



真に在るがままに在れるようになってくると、起こることはより自然に起こるようになっていきます。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

初めてご訪問頂いた方へ
悟り|無空庵
お知らせ
公開・週一合同ゼロ意識共鳴
ご案内
浄化のときにはこちらへどうぞ
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
検索フォーム
QRコード
QR
RSSリンクの表示