真の解放は、個人が持っているもの、抱えているものからの解放ではなく、個人である自分、自我、マインドからの解放

受講者
あれから自分の中にあるものが次々と出てきては、

猛威をふるって何度も以前の私の思考に戻りました。

気づいているはずが、気づいているつもり…、

手放したはずが、しっかり握りしめて、手放したくてもがいてる…、

受け入れたつもりが、許せない、認めない、真っ向からの全否定の真逆の綱引き、

自分の首を自分で絞めている私の潜在意識…。

まるで波のように、引いたかと思えばすぐ押し寄せてきて、

すっかり波に飲み込まれてしまい、意識を意識するが

意識を意識しているつもりの偽意識をつくり出している思考に翻弄されている…。

そしてすっかり正しい、間違っている、良い、悪い、のいつものパターンにはまっていました。

これはこうだから、こうしてはいけない、こうしなくてはならない…

全てがまた判別思考にどっぷりはまってしまっていることすら気がつかないまま、

相当息苦しくて、だいぶ経ってから漸く気がつく…、気がつかない…。

その中で、今までずっと無視し続けてきた自分の感情が、

今回はあるきっかけで、何だかわからず自分の中から何かの感情が湧いてきて、苦しくて、でも納得がいかなくて、

悲しくて、理不尽さにほとほと嫌気がさして…。

そうしたら、本当に、胸の中心部が猛烈に痛くて、胸を張れず、息苦しく、

このままどうかなってしまうかとも思われるくらいの強烈な痛みに苛まれました。

普段そこまでなったことはなく、生まれて初めての体験と感覚に、

もしかしてこれが、私の本当の感情?と…。

それを言わずにいるとあまりに苦しいので、普段は言わずに飲み込んでは、ただ態度が少し荒げになったり、不機嫌になるくらいでしたが、

今回は耐え切れず、思わず口に出して、溜まっていた思いを言いました。



それが起こりましたね。


受講者
それを言い始めると途中で涙が勝手に出てきて、全て言い終わると、胸の痛みはほとんど消えていました。

それから一変して、ことがようやく流れ始めるきっかけとなり、これからそれらが解決するべく道がようやく開きました。

自分の中の感情にずっと蓋をしているうちに何も感じなくなっていた部分が、少しはがれてきた感じがします。



蓋をするが起こっているときには、それで全体のバランスをとられています。

(それが唯一のバランスの取り方ではないですが、そのときもそのように起こっています。)

そして、それを出しても大丈夫になったときに、それは自然に外側に出されます。


受講者
自分が思うレベルをはるかに超えた無意識の中の諸々に、また休憩しながら、ゆっくり向き合っていこうと思います。



はい、無理なく、ゆっくりご自分のペースがいいですね。

そして、すべてを「ただ起こっている」という視点で見て、ときどき、個人の立ち位置から離れることも意識してみましょう。

「向き合う」が起こっている、というように。

(「向き合っていこう」という主体性も自然に起こってきます。)

真の解放は、個人が持っているもの、抱えているものからの解放ではなく、

(起こってくるものを自分のものとする)個人である自分、自我、マインドからの解放です。

(起こってくるものを自分のものとする感覚自体が起こってきますが、それはそのままに、

ただ起こってくるものとして、気づいて在りましょう。)

無理なく、徐々に進んでいきましょう。

そして、基本を中心に、シンプルに、在る、意識に注意を向けながら、それに戻りながら、起こることをただ起こらせていきましょう。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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