自ずと起こる

受講者
私の質問に無空さんがとてもわかりやすい言葉で答えてくださるのですが、不思議と質問と同時に答えがわかるという感じでした。



在るの場、ただひとつであるものの場で起こる不思議(普通、当たり前、当然、必然、自然、奇跡)ですね。


受講者
言葉ではない何かが伝わるようです、質問を発する時点で答えも起こっているようです。なんとも不思議な体験でした。

その中での印象的なお話は「こうしなければいけない」という事は何も無いということでした。

先程記した答え同様に、在る状態で起こる事に気づいていれば、その時々の行動、対応等は自ずとわかるという事でしょうか?



わかるというか、自ずと起こる、


(その時々の状況、そこに在るすべての存在、起こっているすべての事象、現象、それらすべてはひとつであるということ。

そして、在るは、そのひとつそのものであり、起こっている時空を含め、その中で起こっている事象、現象を含む全体そのものでもありますので、

在るであれば、その状況に応じて、適切なことが起こる、あるいは、ただ起こることが起こる、

自然に起こる、

または、本当はいつもそのように起こっている、

それぞれの方の在り方に応じて、適切に起こっている、

それぞれの適切が起こっている、

━そのような視点からは、すべてが適切、間違いというものはない、ということが言えます。━

そうである、ということが言えます。

そのような理解があると、どう在るかが大切である、ということの理解や、

「在るがまま、起こるがまま」という在り方の理解も進むのではないでしょうか。)


または、

わかる=起こる、

両者は同じものである。

または、もともと知っているところ、知そのものから起こっていく、

知っているというものが起こっていく。

また、マインド的にわかるのは、それ(マインド的にわかる)が起こってくるのは、少しあとから、

起こる様子を見ながら、見てからとも言えます。

(ただ、全体の状況等が機が熟していなかったり、そのタイミングでない場合等は、

在ったからといって、必ずしも、そのときどきで明解な応え・答え、言動や対応等が起こらない場合もあります。

それは、その状況では、起こらないこと、起こっても明解ではないことがとても適切な起こりであり、対応とも言えます。

在るの適切性、完全性、完璧性とは、そのようなものです。在るは、そのような在り方で在ります。

━ですから、ある状況の中で起こることが、必ずしも、ある人のある都合やある期待、ある希望に沿う形での適切ではない場合があります。━

それは、以前の記事にも少し書いたことがあったかと思いますが、

全体、あるいは、無限、または、永遠という視点から見た不完全の完全や、不適切の適切、不調和の調和、アンバランスのバランス等を含みます。

在るの在り方は、計り知れなく大きく、限定された視点や尺度で計ることはできません。

それは、在るそのもの、無限そのもの、永遠そのもの、本質そのものであることで、直知できます。)

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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