気づきがそれ自身に気づくこと、気づきがそれ自身に気づいていること、この中に、深遠なるすべてがある

受講者
先週からの状況
先週は、今ここと感じで歩いている時なんかもやっているんですが、
いつの間にか考えちゃうんです。
それの繰り返しでした。



はい、考えが起こってくることも自然です。
考えていると気づいたらまた在る(真我・気づいている意識・今)に戻るの繰り返しでOKです。
大きな意味では、在る(真我)もそれを行っているとも言えます(本性からただそのように起こっています。)。


受講者
電車の中で瞑想をするんですが、10分とか15分するとフット元に戻ってしまうんです。
瞑想をやる前に戻ってしまう。
瞑想がずっと続けてできない。
10分とか15分位すると終わってしまい、現実に戻ってしまう。
前は30分とかは続いていたんですが、
最近は、10分とか15分でフット現実に返って、
で、また瞑想を始めるっていう感じです。
途切れ途切れになっちゃってます。



より深く入ることで、微細な浄化等が起こり、意識が表層へと戻ってくることなどがあります。
そうしたらまた、ただ瞑想を再開されればよろしいですね。


受講者
瞑想中は、何も無いです。
考えちゃうと言うよりは、気がつくという感じで10分位すると終わってしまう。
頑張っちゃってるような感じがして、ふと気がついて終わりになる感じです。
それまでは何もないんですけど。
そこに留まろうと頑張っているような感じが出て ふと気がついて、目が開く。
そんな感じです。
それまでは、別段何もないんです。
気づき自体も止まっている感じです。



それが在る、ただ在るという感じでもありますね。
(そこから起こることは自然に起こります。
在るということを何もしないことと勘違いされる場合がありますが、
そうではありません。
在れば、自然に必要なタイミングで必要なことが起こっていきます。
真の無為も同じです。)


受講者
考えを見ているという状態でもありません。



まったくそれそのものという感じかもしれませんね。


受講者
今を意識している時に、もっと下が有るというような感じがします。
それで、もっと深くしようかなと思って、
最初は目の奥から見ているのを、そう少し下の方から見るようにしてみたりしています。
見る位置が下に行くとより深いような気がします。



今(在る・真我)により馴染んできて、深さを感じられるようになってきていますね。
より馴染んでくると、深まりももっと自然なものとなってくるでしょう。


受講者
瞑想の時に、気づいている自分がいるという状態でいると、
時間の感覚はどうなるのでしょうか?
ずーっと気づいている感覚を保っているという感じが続くのでしょうか?

ただ気づいている状態だけだと、ほんの一瞬のような感じになってしまう。



純粋な意識は時間を超えており、それにとっては、ある意味、
一瞬も千年もまったく同じであるということが言えます。


受講者
極端な話をすると、目を瞑って開いたら10分経っていたと言うような感じになる。
こんな感じで、続けていけば良いんでしょうか。



それはとても純粋な在り方ですね。
ただ、もし途中で時間経過を感じるマインドが起こってきても、特にそれを価値判断することなく、
そのままにしておきましょう。
それは、10分の間に、世界、あるいは、宇宙でおこる自然現象とまったく同じものです。
そして、10分という時間自体も、在る(真我・気づいている意識・今)から起こっているもの、
あるいは、在る(真我・気づいている意識・今)の中で起こっているものであり、
それによって、在る(真我・気づいている意識・今)という本質が影響を受けることはありません。

今とてもよい感じで、瞑想や今を意識する実践ができていますので、
そのまま実践を続けてください。
徐々に、気づいている意識をより自覚できるようになってくるでしょう。

気づき(気づいている意識)がそれ自身に気づく、それ自身を自覚する。
それ自身に目覚める。

それは、不動の中の動とも言えます。

上に、「気づき自体も止まっている感じです。」と書かれてあるように、
止まっていることに、それ自身が気づく(動・変化)。

(奥深く深遠なところから見れば、とても浅く、断片的な見方とも言え、
また、無限の見方、捉え方、無限の角度がある中でのひとつの見方とも言えますが、
ひとつの視点からは、「不動」と「動」を、気づきそのものの存在自体と、
分けられるものではありませんが、それ自体に備わる「気づく」という機能、働き、性質
と見ることもできます。)

色即是空、空即是色。

すべてはただ起こっていて、そして、同時に何も起こっていない。

在るの不思議な在り方。

在るのとても玄妙な在り方。

気づき(気づいている意識)がそれ自身に気づくこと。

(在るがその存在に気づくこと、

愛が愛を知ること。)

気づき(気づいている意識)がそれ自身に気づいていること。

(在るがその存在に気づいていること、知っていること、自己理解があること。

愛が愛を知っていること、それ自身を自覚していること。

自分自身であること、愛が愛であること。)

この中に、深遠なるすべてがあります。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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