最終的には、個人を超えていく

受講者
マインドでの行動なのか、在るから起こっていることかを

意識して過ごすことを、継続していますが、

よくわかるときと、わからなくなる時があります。



分かろうとすると、逆に分からなくなる場合もあります。

それも知っておきましょう。


受講者
今振り返ると、わからなくなる時は、

直感のような(こうしたい。これがいい。これは嫌。など)の感覚と

思考で考えた時の、実現可能性や有効性、周囲の人との関係性の都合などとが

かみ合わない時に、何度も確認しているうちに感覚に違いが出てきて

ただの自分の欲や単なる一時の感覚なのか、純粋な直感、ハートの感覚なのか

わからなくなってくるような気がしています。



もちろん、思考とかみあわなくても、起こってくるエネルギーがとても

強い場合は、起こるがままに起こることを起こらしめられるのですが、

感覚が弱い時、曖昧な時もより明瞭に識別できるようになれたらと思っています。



そうですね。

そして、そのための基本は、何度も在るに戻ることです。

そのときは識別等のことは一切忘れて、ただ在ること、在るそのものであることです。

主体(あるいは、存在全体)の純度がより上がってくれば、

副産物的に自ずと識別もより的確になってきますし、

さらに、在るそのものであることの自己理解がより深まっていけば、

もはや、識別等の問題自体が消えていきます。

(別の視点から言えば、意識的な識別はいらなくなり、必要ならば、自動的にそれが起こる

ようになるとも言えます。)


受講者
具体的には、歯の痛みが続いていますが、歯医者に行くということが起こってきません。

痛みが強い時に、近所の歯医者に予約してみたりしたのですが、どうも「違う」

という感覚があり、行くことにためらいがあり、痛み止めを飲んでやり過ごしています。



また、昔から、「生まれ育った田舎に帰りたい。」という気持ちが心のどこかにあるのですが、

最近、ハートから望むことと思うと、その思いが強く起こってきます。

が、思考で考えると、これを強行するのは今ちょっと周囲との流れでは不自然だと思えます。



一例ですが、

感覚的OKと、思考でストップ。

感覚的×と、思考でGO。

そういういろいろの中で、在るから起こってくることとマインドからの行動を、

どう識別したらいいのか・・・まだ、ちょっとわからないところが多々です^^;



どう~したらいいかの立ち位置は、マインドです。

現れに関しては、その立ち位置からの視点ももちろん必要ですが、

最終的には、超えていくところだということも、繰り返すようですが、理解しておきましょう。

また、全ての物事には、タイミング、「とき」というものもあります。

それまでは、はっきりしないということが続く、ということもあり、それは、とても自然なことです。

(それを以前、「在るの試行錯誤」と表現したこともあります。)

また、どちらでもよい場合も、どちらかがより強く起こってくることはないでしょう。

(究極的には、すべてはどちらでもよく、すべてが在るです。

━そして、起こることがただ起こります━

超えているところからは、何も間違ってはいません。

もちろん、相対的、現れ的、あるいは、社会的な善悪等も考慮する必要はありますが。)

最終的には、やはり、識別したい個人が起こらなくなってくるようになるといいですね。

現れの世界には、どちらにしようか、ということは起こってきます。

そのとき、その思考を所有する者(個人)がいなければ、それは、自ずと収まるところに収まっていきます。


受講者
起こってくるものをとりあえず意識し続けてみます。



はい、そのエネルギーが続くまで、あるいは、変容、成熟するまで、続けてみて下さい。

その過程にも、必要な学びがあるかもしれません。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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