どうすれば、ではなく、どう在るか

受講者
主人と息子の葛藤の件ですが、近況報告には、簡単に、かっこつけて書いてしまいましたが(笑)

実は、めんどくさい、がピークに起きていた時でした。

今振り返り感じることは、私は、あらわれの個々のマインドに対して返答することが、本当に嫌だったんだな、と思います。

その返答が、本当にめんどくさいのです。マインドに関わって時間をとられることが。(といいながら、自分自身に対して、ずっとフリーズしていましたね・そしてそれはまだ完全にはなくなってはいません笑)

なので、無空さんは本当に、これをお仕事にされているとはいえ、何十件も返事とか、私には到底できない、(通算するとすごい数にのぼりますね。)ほんと尊敬です(笑)ありがとうございます。



めんどくさいは、やはりマインドですね。

在るは、丁寧です。(無限の現れ方がありますから、そのときどきによるとも言えますが。)


受講者
これまでもめんどくさい範囲でできる限りは出来ることが起こっていたのだとは思うのですが、

私は、なぜめんどくさかったのかというと、どう対応していいかわからなかったんだな、ということに気が付きました。

自分の意見・考えもわからないほどにこれまでは感情に巻き込まれていたのだと思います。



巻き込まれず、また、クリアだと対応も適切に起こってきますね。

(状況においては、即座に対応が起こらず、見守る、待つ等が適切な場合もあります。)


受講者
今回の主人との家族会議で、めんどくさい、も起こっていましたが、自然に、向き合おうという誠実さも起こり、意見を聞かれ、自然に主人の気持ち、息子の気持ちにそうが起こり、私の感じることを、素直に話すことができました。本当に、自然に普通に話が起こりました。

そうすると、何かが溶け (私のマインドがフォーカスし作り上げた頑固という名の幻想なのかもしれません) あたたかいものが流れました。その話は一瞬で収束したのを感じました。



在るの奇跡、在るの愛、在るの自然な働きですね。

どんなときでも、どう在るか、ということが大切ですね。


受講者
自然にこのようなことが起こり、いろいろ気づきが起こりました。(主人にも気づきが起こったようでした。)

これまでの私の言葉には、主人に対する否定のエネルギーが存分に入っていたことにも気が付きました(笑)


真に話すということ。真に聴くということ。真に見るということ。


それも、禅の修行で知ったことではありますが、だからこうであらねばならない、と長らくこりかたまっておりました。その部分のマインドも大きかったところであろうと思いますが、、、


愛で在れば、全体で在れば、おのずと…なのですね。



そうですね。

ただそうである、です。


受講者
これまで、人の話をきちんと聴けていないこと、見ていないこと、話せていないこと、に気づいてはいました。だからどうすればいいかなんてわからなかった。いつもフラストレーションを抱えていたようにも思います。



どうすれば、ではなく、どう在るか、でしたね。


受講者
今は、真に話すことが普通に起こっていることに、それが自然なことに驚いています。

そして、それは、誠実そのものと感じています。



在るですね。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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