あるがままの素晴らしさ

受講者
「在る」 を意識して日々おくるようにして3週間ほどたちました。
「在る」 をどう理解したらいいのかがわかりませんでした。
原因は知識と固定観念だと思います。

全てに意味や理由を付け加え、想像・妄想と移り変わっていく流れに慣れすぎていたのだと思います。

それに気づいたら、「在る」 は ただ「在る」で、それだけですね。



はい、そのとおりです。
それが、真髄であるとも言えますね。


受講者
「在る」 を意識して日々おくるまでもなく、知識と固定観念を持たずに物を見たり感じたりすれば良いだけで、要はリンゴを食べる前のアダムとイブの状態と言う事ですよね。
いかがでしょうか?



あるがままですね。
ただ、りんごを食べる前のアダムとイブは、その素晴らしさをどれだけ自覚できたかは分かりません。
(あるがまま=在る、ということもできますし、また、あるがままの最も核、あるいは、土台になっているものが在る、さらには、あるがままを含み、超えて在るのが、在るである、ということもできます。視点、立ち位置、捉え方により、様々な見方ができます。)
一度知識と固定観念を持ち、そして、それらにとらわれなくなったとき、りんごを食べる前のあるがままの素晴らしさにはじめて気づくことができる、あるいは、その素晴らしさをさらに深く知ることができる、ということが言えます。

素晴らしさは、はじめからそこにありました。
そして、それを感じ、知るには、知識を持つという体験を通っていく必要があったという視点がひとつありますね。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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