それは、不動のまま(在りながら)、それ自身に気づく(動)こと、それ自身を認識することができる

受講者
前回の微細な受容の詳細をご報告いたしました。



在るの中のゆらぎ、エンライトメントの中の表現ですが

「意識は、その性質そのものによって、なおも揺れ動く傾向を持っている。

それを見ることは、とても重要だ。人は意識の先立つところにとどまりながら、

同時に意識の様々な質を体験する。」これも理解の受容と一致が起こりました。



いいですね。

(ここでの「意識」は、前後の文脈等も分かりませんので何とも言えませんが、

もしかしたらより現れた部分━まだ、現れていない中での微細な現れへの動き、

現れへと発展していく原初の動きも含む━も含んでいるかもしれませんね。

そして、意識の先立つところというのが、純粋意識・真我・在るに当たるかもしれません。

━フーマンは、「恩寵の扉が開くまでⅡ」の中では、

「純粋意識」という表現も使っていますね。

また、同じく、フーマンが、「恩寵の扉が開くまでⅡ」の中で、

エンライトメントの大部分はアジズが自分の道について質問し、

フーマンを通してガイダンスがその質問に答えたものであり、

その質疑応答を通して、出来上がった本である、ということが書かれてあり、

ある意味、エンライトメントは、アジズの道、理解に合わせたものとも言うことも

出来るかもしれませんね。━

あるいは、あなたが「在るの中のゆらぎ」とも書かれているので、

━大きな意味では、現れを含めた全体が「在るの中でもありますが」━

「意識の先立つところにとどまりながら」とありながらも、

ただひとつであるものを、より細かく分けて見ているのか、

それぞれの視点、あるいは、どこに焦点が当たっているのか、どの部分を大事にしているのか、

どの部分を中心にして伝えているのか等により、表現の仕方が違ってきますね。

この括弧の部分は、あなたへの返信ということではなく、上記抜粋部分の表現だけだと、

ブログ読者の方が、それぞれ一面的に捉えてしまう可能性等もありますので、

いくつかの見方の可能性があるということを、あえて、書いてみました。)

それは、“在りながら”様々な“体験ができる”、そして、それ自身をも、

様々に認識できるという理解にも繋がっていきますね。

在ると意識(純粋意識)は、同じものと言えますが、どちらかと言えば、

在るの方がベーシックとも言え、

本来は分けられるものではありませんが、ひとつの視点として許されるなら、

在るそのものでありながら、それ自身を認識できるということは、

(それそのものであるときは、それを感じること、認識することができない

という方がいますが、━在り方、あるいは、状態のひとつとして、

そのような在り方、状態もあるということはできます━

それが意識でもあるゆえに、気づくこと、

認識することは可能です。

それは、それそのものであることにより馴染んでいくことにより、

可能になってくるとも言えます。

その認識力が徐々に養われていきます。

不動のまま、ある意味、動けるようになっていきます。)

その意識の側面、その機能が働くため、ということができます。

それは、不動のまま(在りながら)、それ自身に気づく(動)こと、

それ自身を認識することができます。

(通常は、本来分けられるものでないため、分かりやすく、

また、それ自身に気づく、自分自身に気づく、等のポイントを重視し、

意識が意識に気づく、在るがそれ自身に気づく、その存在性に気づく

等表現しています。)


受講者
ご報告でお伝えいたしましたが、無空庵に出会う前は、内にある自然そのものの感覚は

この現実にはないのだろうか・・と思っておりましたこと。



セッションを受け、真からの沈黙の導きにより、この努力のないところを感じ取れ始め

そして、先人の教えの本など理解が起こりつつ、深いところで受容と一致が起こりながら

それが、真に有り難く、そして受容が起こると、沈み、透明となる。

先人の方々への深い感謝も起こりながら、

超えていくことがどういうことなのかの理解も大切なんですね。



そうですね。

そして、その本質的な理解とともに、フーマンの「恩寵の扉が開くまでⅡ」のP122(13)

「絶対の境地について」~P155(6)の「アジズを超えて」の辺りまで、

「エンライトメント」の本などにも触れられながら書かれてある視点も、

同時に持たれているといいですね。

(あなたご自身はすでに両方含まれた理解をお持ちですので、ここもまた、

読者の方へ向けて、という感じになります。

様々なタイプの方がいらっしゃいますので。)

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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