すべてはすでにあり、後は、わたしたちがそれに開かれるかどうか、わたしたちの在り方次第

受講者
私個人の名前や過去、習慣などをひっくるめてまったく実感がなくなる体験が起こったご報告をしました。
その時は新鮮さそのものであり、今まで感じたことのなかった軽やかさがあり、
その後個人の感覚が戻ると、重く感じ、マインドもよく浮かんできました。
そんな二つの感覚を交互に味わっている感じの一週間でした。


より統合されてくると、個人が現れていたとしてもとても軽やかであること、
個人が現れていて重い感じがする、個人がいなくて軽い感じがするなども
気にならなくなってくるとの事でした。



はい、在るを土台に、これから自然に、統合、純化、変容等が起こっていき、
存在全体として、軽やかさ等は、より自然なものとして落ち着いて来るでしょう。


受講者
共鳴では”体も含めてひとつ(トータルであるということですね、との事でした)”
”神聖さ””新鮮””透き通っている””自由自在”などを感じました。
瞑想ではびっくりするほど”私が目をつぶっている”という強い個人の感覚と”すべてがとけて無=ひとつ”を
交互に感じました。
そこで個人が現れる事に対して重くていやだな、と判断していたことやトータルである”在る”を限定していたことが
客観的に感じられました。



その気づきが、自然に変容を促していきます。


受講者
立場なしの共鳴では”個人が現れていても、体があっても自由”を感じ、喜びで溢れかえりました。
かつて真に求めていた自由(個人ではなく、体もなく、この世界とまったく関わりのない自由)よりも、さらに自由がぐっとひろがった感じがしました。



はい、物理的な制限や限界がある中でも、真の自由を感じることができることは、
なんの制限や限界がないところで感じる自由をはるかに超えています。
それを実現でき、味わうことができるのが、この現れの世界とも言えますね。

それを実現するまでは、ある意味、制限等とも感じられたものが、
一転して、恩寵とも感じられるようになってきます。
やはり、すべてはすでにあり、後は、わたしたちがそれに開かれるかどうか、
わたしたちの在り方次第ということですね。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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