必要なときは、必要なだけ気づかれる

受講者
浄化激しいまっただ中の共鳴でした。

私が、思考をいちいち、どんなことを感じているか、

気持ちはどんなものか、感じてから

真我に「在る」に戻るようなことをしているのがわかったと話しました。

ネガティブな気持ちが出てきた時に

ぱたんと蓋をして、感じたくないから

真我に戻ることをしていたことに気付いて

それをやめたのはいいのですが、逆にふれてる感じです。



無空さんから、

「見ようとしなくても、見られる。気付かれる。

今までのスピリチュアルでは『よく見る』必要がある、



それは、個人体験のプロセスの中では必要とも言えますが、

(その方自身の自然な必要性、プロセス等から見ないようにしてきたものが、

見られる時期が来た時に、よく見た方がよい、というアドバイス等に

出会うことはあります。ただ、在るのしっかりした立ち位置から、

気づくだけでも十分であるとも言えます。

在るの立ち位置からは、必要なだけ気づかれ、見られるということが

起こります。)

必要なときには、在るから『よく見る』が自然に起こりますし、

おっしゃられていたように、ときには、よく見ることで、

それを強化してしまうこともあります。

また、『よく見る』を繰り返し行うことで、

「する」の主体である個人の立ち位置をより強固なものに

してしまう可能性もあります。

(個人がより強くなってしまう可能性もあるということですね。

━その他、「する」を目いっぱいやりきって、落ちる、

どれだけやっても切りがないなどと気づき、静かになる

という場合もあります━

無空庵では、ある意味、最小限の「する」である、「在るに意識を向ける」、

「気づいたら在るに戻る」を実践して頂いていますが、それは、

「する」を使うことにより、「在る」へと移行できるため、

個人の立ち位置から、在るの立ち位置へとシフトできるために、

その実践を行って頂いております。)

また、すべてにそれを行っていたのでは切りがありません。


受講者
蓋をしてしまうと

思っていたかもしれないが、

『放っておく』



起こるがままということですね。


受講者
『脇におく』それくらいのスタンスで。

意識の中にあるが、焦点を当てない。

思考の意味は気にせず、

なにがしかの思考があるなぁ、というくらい。

雲はあるが、雲の形がどうかまではいらない。



あまり詳細なところまで見ようとしなくてもいいですね。

必要なときは、必要なだけ気づかれます。


受講者
そうしていても必要なものには気付かれる。

今の状態は「浄化」という理解をもって

『そのままに』『流す』

なんとかしようではなく」



私が、個人の立ち位置で選択をしていることについて

お話ししましたら、

無空さん

「決めなくてはいけないことは

『決める』が起こって来る。



能動的にあるのが自然なタイプ、

より受動的な在り方が自然なタイプというのはあるかもしれませんが、

在るのひとつの視点として、持っていられるといいですね。


受講者
個人の立ち位置だと気付いているのが真我。



気づいていれば、個人は起こっているものとなり、

とても自然なものとなります。


受講者
個人の立ち位置、私が決めたことも、

「この仕事をやろう、やらない」という思いも

差し出されたもの。

選択もまた起こっている。

個人の立ち位置も自然なもの。

それとは別に『在る』がある」



深いお話でした。

そして、今朝はどうしようもない激しい浄化が起こり、

そのあと、

自分の中の光とつながり

いる次元が変わりました。

「今ここ」それは

過去の延長ではない、新しい場所なんだと

痛感しています。



はい、それはいつも新しく、新鮮であり、神聖でもあります。

深い実感を伴った素晴らしい気づきが起こりましたね。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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