「何もしない」とは

受講者
在るで在ること、何もしないこと・・・。



(ブログ読者の方等のために補足ですが、
「何もしない」とは、必ずしも行動レベルで何もしない、
何も起こらないということではなく、
しっかり在るで在った上で、あるいは、深い自己理解がある上で、
━在るが分からない場合は、気づけている範囲で━
そこから何か起こるも起こらないも、
そのまま、あるがまま、起こるがままにただ気づいていること。
行動、現象に巻き込まれないこと。
巻き込まれることが起こっていること、起こっていたことにも巻き込まれないこと。
━簡単に言えば、巻き込まれたことにも捉われない、気にしない。
そして、在るに戻る━
起こっていくこと、行為等を自分のもの、個人のものにしないこと。
行為を個人のものにしている感覚や習慣が起こっていることにも気づいていること。
行為はあっても、行為者がいない状態。
行為者がいても、行為者がいるということに気づいていること。
何かを“個人である自分”が「する」という立ち位置ではなく、
何かが「起こる」、行為が「起こる」、あるいは、“する”が「起こる」という立ち位置、
その理解の位置にあること。
というように理解されるとよろしいと思います。

無空庵では、「無為自然」という言葉を使うこともありますが、
「何もしない」という表現よりは、「在る」という方に
より焦点が当たるよう「在る」という表現を多く使っています。
ときに、「何もしない」ということを、マインドが利用し、あるいは、誤解し、
怠惰になってしまうこと等もありますので、注意深く在る必要があります。
またそれとは別に、それまでマインドに巻き込まれ、
せきたてられるように休むことなく動いていたような場合などには、
在るを知り、在れるようになって来ると、
はじめのうちは、怠け者になったように感じられることもありますが、
それはけっして怠惰になったというわけではなく、ただ単に、在るという状態、
在り方に慣れていないだけという場合もあります。)

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

初めてご訪問頂いた方へ
悟り|無空庵
お知らせ
公開・週一合同ゼロ意識共鳴
ご案内
浄化のときにはこちらへどうぞ
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
検索フォーム
QRコード
QR
RSSリンクの表示