在るのトータルな視点

受講者
「器」を超えた「在るの視点」とは、
「器」(現れのすべてに存在するもの)と、「源の無」とが
統合されたトータルな視点のことであり、
その、トータルな視点の在り方を体現していくことが、
「在る」の立ち位置を持つことだ、と・・・。



マインドが一時的に完全に落ちた状態、
あるいは、それまでの現れの世界における経験からの理解が一時的に完全に落ちた状態では、
「器」が一切存在しないまったくの一元性で、それもひとつの在るの視点と言うことはできますが、
マインドはまた起こってきますし、現れの世界における経験からの理解も戻ってきます。
その一元性と多様性、無限(源)と限界(現れ、器)を統合していける、
あるいは、自然に統合されていく(マインドのさらなる成熟が起こりながら)基盤となるのが、
在るの立ち位置と言えますし、
そこで実現されるのが、器を認識しながら、同時に、その器を透過し、器無きものを認識できる
在るのトータルな視点と言えますね。


受講者
以前読んだ「神との対話」で、
「覚醒したばかりのときが、一番危険なとき」と神が言っていました。
本質は肉体ではなかったと気づき、その喜びのあまり無茶をして、
手痛いしっぺ返しを食い、
自分が肉体をも持ち、バランスを持っていかねばならない存在だった
と、思い出すことがある・・・、
とありました。



そうですね。
そこが悟後の修行と言われるところでもありますし、
また、体験を通してのマインドの成熟が必要なところでもあります。
そして、その絶対的な基盤になるのは、
不安定で不確かな現れである自我の方ではなく、
変わることのない、現れに影響を受けない源である真我、「在る」です。


受講者
現れとは現実のことであり、
器とは、現実対応能力、責任能力のことでもありますので、
器を正確に見極めることも重要です。
一時的にフローの状態で、ものごとが上手くいくときがあっても、
「ビギナーズラック」という言葉もあるように、
結局、風雪や重圧にも耐えながらコンスタントに実績を残していく
安定感(コンスタンシー)、という視点もあります。



そのような存在は、成熟していますね。


受講者
特に、自分だけではなくいろんな人がいる組織の場合などは、
リーダーが「組織の器」を慎重に見極めて、(組織の)身の丈を知らなければ
崩壊する、といわれるようです・・・。



そうですね。
覚醒当初、または、悟りの一瞥などの体験後は、
その体験の深さ、広さ、大きさ等にもよりますが、
ときに、ある意味、一面的一元性とも言える視点で
そのまま現れの世界を見ようとする
あるいは、その理解をそのまま現れの世界に適用しようとする
ある意味、未成熟で荒っぽいマインドがあることがあります(主体がマインド)。
そのようなマインドは、現れの世界を軽視したり、軽率な行動に出たりすることもありますが、
成熟したマインド(とハート)、
あるいは、すべてを支え、すべてを育み、すべてを包み込むトータルな在るの視点では、
現れの世界の器というものも、とても大切な要素として認識されます。
(大切でありながら、ある意味、軽やかに認識されます。
そこに必要以上の執着や、深刻さ等はありません。)

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

初めてご訪問頂いた方へ
悟り|無空庵
お知らせ
公開・週一合同ゼロ意識共鳴
ご案内
浄化のときにはこちらへどうぞ
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
検索フォーム
QRコード
QR
RSSリンクの表示