あるがまま起こるがまま

受講者
先日起こしてしまった事故で、悲惨な状況でも在るに在るとその状況が他人事のような感覚、起こることが起こった感覚があって、それを思考は私は随分冷たい人間だなと思っていて…という風に感じたことをお話ししました。



自己理解が深まり、マインドも成熟し、存在全体がひとつとして統合されていくと(もともとひとつであったものに戻ると)、思考でそのように考えることもなくなっていきます。純粋な在るの視点と、現れレベルの視点では見え方、感じ方が違いますが、それらがそれぞれの視点の質を保ちながら、矛盾無く溶け合い、ひとつとして働くようになります。


受講者
1週間経ってみて今は遠い過去の出来事のように感じています。



現れの世界的に言う、不幸中の幸いという状況が重なった(ケガ人がなかった、相手の方がとてもよい方だった)ということもありましたし、今は、在ることができているようですね。


受講者
無空さんにお話をしている間中、ずっと在りました。話しているのを在るがただ見ている、口が勝手に動いて話しているって感じでした。
無空さんと繋がることでどれだけのエネルギーを頂いているのか改めて実感しました。

◎共鳴
画面から圧倒的なエネルギーが流れ出てくる。
それに包まれている、溶け合う、融合する。

◎アイコンタクト
画面からのエネルギーに包まれながら、ただ見ている。

◎瞑想
思考が来ては去っていく。
在るに戻ろう、戻ろうと意識しなくてもただ普通に在る。

◎ハートの共鳴
在る。いつでも在る。
在るが呼吸している。

事故以来、落ち着かなかったせいか、今回のセッションはこれまでになくエネルギーと在るの実感がありました。
ありがとうございました。

事故の件が過ぎ去ったかと思えばまた次々に問題が降りかかり、せっかくセッションを受けさせて頂いているのに思考の渦中で苦しんでます。
これもただ起こることが起こっていて…と、在るから眺めていればよいのでしょうか?



在るはすでにお分かりですが、様々な状況が起こると、今はまだ思考がどうしても必要以上に強く、多めに働いてしまう段階です。(状況によっては、自然に思考が活発に働くことはもちろんあります。)
マインドレベルの理解をあまり強く働かせようとせず(「ただ起こることが起こっている」などの理解を、マインドレベルで個人である自分自身にあまり強いらないこと)、そこは軽く認識しておいて、可能なときは、ただ在りましょう。ただ気づいて在りましょう。
そして、それが難しいときは、今起こっていることをあるがままにさせておきましょう。
苦しみに抵抗すると、さらに苦しみを強くしてしまうことがあります。
苦しみを受け入れれば、あるいは、それをそのままにさせておくことができれば、抵抗していたときよりも、収束して行くのも早くなりますし、気づきのわずかなスペースも生まれます。
誰も苦しみたくないですから、苦しみに対する抵抗が起こることもまた自然なことではありますが、起こっていることにあまり強く抵抗しないこと、抵抗が起こっていることにさらに力を加えないこと、抵抗にも抵抗しないこと、抵抗に抵抗しないためにそこに新たなマインド的力みを加えるのではなく、抵抗にも抵抗が起こっていることにもただ気づいて在ること等も大切です。

在るの実践を繰り返し、また、日常体験を経ていく中で、存在全体の成熟がさらに進めば、今書いたことが自然に起こるようになっていきますが(あるがまま起こるがままで在れるようになってきますが)、それまでの理解、在り方として、参考にしてください。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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