現れ

受講者
1共鳴
目の前が少し遠くなり、目の前の現れを「在る」が
見ているような感覚でした。

2アイコンタクト
焦点が合わず、周囲が明るく見えました。
机が歪んで見えたり、
無空さんのお顔も歪んで見えたりしていました。



自分自身である在るの方により焦点が当たっている時、
そのような感じになることがあります。


受講者
3瞑想
空間が広がっていて、
その空間そのものが「在る」であり、
外から聴こえてくる音や
自分の思考の声が
「在る」の空間の外側に感じました。



源と現れ、
本質である源として在るの立ち位置にあるときには、
そこから現れる現れは、はじめの共鳴のときのように遠く感じられたり、
今回のように外側というか、けっして触れられない、けっして影響を受けない在り方
(けっして破られることのない静寂、平和、けっして侵されることのない自由等)
絶対安心、絶対安全、絶対大丈夫の在り方であるというように感じられることがあります。


受講者
4ハートの共鳴
「在る」の空間を無空さんと二人で共有し、
1つの空間の「在る」にいるような感覚でした。



一であり、同時に多である。
また、3の瞑想のときとは別の在り方で、現れ、あるいは、それ自身からの起こりも
それ自身の中で起こっている、
すべてはそれであり、すべてはただそれとして起こっており、
本当は何も起こっていない、

(何も起こっていない、それだけが在る、自分自身だけがある
絶対安心、絶対安全の中で、すべては起こっていて、
そこでの体験、実感、気づき、理解の積み重ねを通し、
在るは不変不動のまま、無限に成長していきます。
そこでの理解の深まり、広がりは、そのまま存在の深まり、拡大になります。
無限そのものでもある在るは、無限のまま、無限に深まり、無限に拡大していきます。
それが無限そのものでもある在るの自然本性です。)


受講者
一人一人にそれぞれに「在る」があるわけではなくて、
「在る」しか存在していなく、
二人が個別の人として見えてるのはただの現れであるという
お話がありましたが、
それを体感したのだと思いました。



そうですね。
それは、“ただ”の現れ、在るにとって(普通そのもの、自然そのものでもある在るにとって)、
“普通”の現れ、自然の現れ、自然な現れ、
そしてまた、不思議な現れ、玄妙、霊妙、神妙な現れ、
けっして現れることのない在るにとって、奇跡の現れ、
既知である実在であり、同時に未知、無限の可能性そのものである在るにとって、
自分自身を様々に体験し、
(本質としてのそれ、現れとしてのそれ、トータルなそれなど、
それ自身を様々な角度、側面、在り方、関係性等を通し様々に体験し)
自分自身に無限に気づき、自分自身を無限に知っていくこと、
自分自身を無限に表現し、自分自身を無限に実現していくことを可能にする、
とても貴重で、ありがたい現れです。

本質であるそれにとって、まったく取るに足らない現れ、
(これも無限の在り方である在るの理解の一側面の表現でしかありませんが。)
本性(ほんせい)そのものであるそれにとって、これ以上なく貴重でありがたい現れ、

本質も愛であり、本性もまた愛である。

愛だけが在ります。

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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