在るはただひとつである不動そのもの、大きな大きな動かぬ事実、ただそうであるものであると同時に、それ自身が大きな流れそのものでもある

受講者
アイコンタクトは

どこまでも「クリアな流れ」


無空さんが大きな天使に見えていました

そのまま大きな流れそのものです


どこまでも



はい、在るはただひとつである不動そのもの、
大きな大きな動かぬ事実、
(そして、普通の、または、小さな小さな動かぬ事実)
ただそうであるものであると同時に、
それ自身が大きな流れそのものでもあります。

それは、川それ自体と、川を川足らしめている川の流れそのもの
(流れという全体)の関係に似ているかもしれません。

(流れ方、流れの内容は変わるかもしれませんが、
流れ自体、流れること自体はそのまま在り続けます。起こり続けます。)

この例えは、在るでもある気づいている意識(真我、真の自己、愛、全体、無、非在、空、虚空)、
気づきそれ自体と
気づき(あるいは、気づく、意識がそれ自身に気づくという自覚、自己認識も含む。)、認識という動き、
気づき、認識という出来事、事象、現象、質の関係を理解する助けになるかもしれません。
(気づきの個々の内容は変わるかもしれませんが、気づくことそれ自体は変わらずに起こり続けます。)
それはひとつであり、けっして分けることができないものでもあります。

参考までに、ニサルガダッタ・マハラジ「I AM THAT」より関連するところを抜粋して、
ご紹介させて頂きます。
(ここでは、気づきそれ自体・気づいている意識の方を愛として書かれています。)

【質問者 気づきと愛はひとつであり、同じものなのでしょうか?

マハラジ もちろんだ。気づきは動的で、愛は存在だ。
気づきとは行為の中の愛なのだ。
・・・・・・・
・・・・・・・】

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プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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