【コメント欄より】真我(一元性)を実現するということは、二元性を超えていくということです。

今回は、koyukiさんから頂いたコメントとのびのびの返信を、参考までにご紹介させて頂きます。
(コメント欄からの転載です。)

**************

koyukiさん

コメントありがとうございます。

> のびのびさま
>
> 毎日、すばらしい学びを、ありがとうございます。
> そして、質問させていただくたびに的確なコメントをいただき、
> 本当にありがとうございます。
>
>
> 今日の記事を読んで、ひとつ疑問に思ったことがあるので
> 質問させてください。
>
>
> インナーチャイルド、ということが言われます。
> 少しニュアンスが違いますが、
> ホオポノポのでは、ウニヒピリ、といった言い方もすると思います。
>
> そのようなものと自分を分離してしまっていることから問題が起きており、
> それを癒してあげる、それと仲良くなることを通して本当の自分を見出す
> インナーチャイルドヒーリング、というようなことも聞いたことがあります。
>
> 今日のお話ですと、そのようなことすらも、真我実現への妨げになる、ということでしょうか?

こちらのブログで学んでいることは、
すべてはひとつである。
存在するのは、真我(在る・愛)だけである。
ということです。

真我の視点からは、マインド(思考・感情)もただ起こっているだけで、誰のものでもありません。
マインドを自分のものとして所有しているのは、個人(自我・エゴ)です。

個人の視点で、マインドを何とかしようとして(何とかしようとするのもマインドです)、マインドを取り扱うのであれば、そこには、浄化する者(個人)と浄化されるもの(マインド)という分離(二元性)があります。
真我(一元性)を実現するということは、二元性を超えていくということです。

それには、真我(在る)に意識を向ける、さらには、それそのもので在ることがもっとも直接的で効果的な実践です。

真我の視点からは、ひとつひとつのマインドに丁寧に取り組む必要はありません。
真我(在る・全体)であれば、全体にとって必要なことが起こります。
自然に気づかれるものは気づかれ、浄化されるものは浄化されます。
マインドの内容を分析することが必要であれば、それも自然に起こります。
(それを意識的にする必要はありません。)
自分を個人だと思い込んでいたときの記憶(幻想)に個人の視点で、ひとつひとつ取り組むのではなく、真実(真我・在る・全体・愛)そのものとして在るだけです。
真実は幻想を消していきます。

インナーチャイルドやウニヒピリの癒しについては詳しくは分かりませんが、それが、個人が過去の記憶(マインド)を何とかしよう(浄化しよう)とするものではなく、愛の視点から許し、受け入れが自然と起こる(浄化が起こる)ようなものであれば、真我(在る)の立ち位置に立っているのと同じだと思います。

> 愛への不足感がある場合、
> トラウマ、と呼ばれるようなことがあったと思っている場合なども、
>
> ただ在るにあることで、自然とそれが満たされる、浄化される。

愛への不足感というのも幻想です。
すべては愛です。愛しか存在していません。

トラウマ、と呼ばれるようなことがあったと思っていることも、幻想です。
マインド物語です。

個人はいません。
個人はマインドが作った幻想です。
ただひとつの愛が在るだけです。

それを深く理解し、自分が真我(愛そのもの)で在ることを深く受け入れれば、いつも愛に満たされて在ることができます。

すべての問題は個人(マインド)が作り出しています。
個人(マインド)を超えれば、問題は消滅します。
ただ在るということは、個人(マインド)を超えているということです。

必要なのは、在るに意識を向ける、さらには、在るそのもので在る、気づいたら在るに戻るという実践だけです。
様々な体験を重ねながら、徐々にマインドが浄化されていき、真実の理解が深まっていきます。

>
> インナーチャイルドだ、ウニヒピリだ、と焦点を当てていると、
> かえって、
> 本質から遠ざかる、ということでしょうか?

上に書いたとおりです。
真我(在る・本質)に確立するには、真我(在る・本質)に焦点を当てる、真我(在る・本質)そのものとして在ることがもっとも直接的です。

>
>
> うまく質問できているかわからないのですが。。。
> そして、結局何度もおなじことを確認したくて、
> 質問させていただいているだけなのかもしれませんが。。。
>
> コメントいただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。

何度も同じことを確認したくなるのはとてもよくわかります。
そうやって、マインドが納得することも大事ですね。

ただ在ること。
それがすべてです。


2012-07-12 : のびのび

**************

koyukiさん

> のびのびさま
>
> お返事ありがとうございます。
> 内側が揺さぶられるような感じがします。

本当のkoyukiさんに響いているのですね。

>
>
> 個人はいない。個人はマインドが作った幻想。
> ただひとつの愛が在るだけ。 。。
>
>
> その深い理解がないために、
>
> また自分が真我、愛そのもので在ると深く受け入れていないため、
>
> 愛に満たされていないという幻想を抱いているのですね。 。。

その幻想を抱いているのは、幻想である個人(マインド)ですね。

>
>
> ただ在る。 これにも
>
> これで、いいのだろうか、
> 在れているのだろうか?などとマインドが騒ぎ、
>
> あぁまた全然できてないじゃないか、ずっと忘れていた、
> とマインドが批判をし。。。
>
>
> なかなか「成果」がない、と感じるのもまたマインド。

マインドの動きによく気づかれていますね。

>
>
> でもそういうときも、ただ気づいたら在るに戻る、
> を実践する。

そうです。

>
> それをしているうちに、自然と、理解が深まっていく。

そうです。

>
> それまではひたすらもくもくと実践、

そのとおりです。

>
> そしてきっとそれ以降ももくもくと実践。
>
> それが、自然なことになっていく、ということかもしれない、

そうですね。
在ることが徐々に自然なものとなってきます。
意識せずとも、深い理解の力が働くようになってきます。

> 焦っても仕方ないと、
>
> 今は感じています。
>
> 。。。私の中に、何か、本当に大きな焦りがあるのですね。
>
> 焦って何かが早まるわけでもないのに。。。
>
> そして、この焦りを感じながらも、
>
> それをどうこうするのではなく、
>
> ただ、在るを意識する。
>
> そういう実践でいいということですね。

そうです。
焦りが起こっていることに気づいていながら、焦りには注意を向けずに、在るに注意を戻す、在るそのもので在ることです。
起こっていること(幻想)は気にせずに、真実そのもので在るということです。

焦りに注意を向けると、それ(焦り)にパワーを与えてしまいます。
焦りは放っておいて、ただ在ることで、焦りは徐々に落ちていきます。

ただ在ることで、本当の自分は、在る(真我・愛・真実)であるということが、徐々に実感を伴って分かってきます。
本当の自分で在ることで、本当の自分が理解できるのですね。

>
>
> のびのびさま、
> 何度も確認をさせていただき、
>
> 真我のことばを聞かせていただき、
>
> 本当に
> ありがとうございます。

ありがとうございます。


2012-07-13 : のびのび


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【コメント欄より】どう在るか、がもっとも大切なことなのです。

今回は、koyukiさんから頂いたコメントとのびのびの返信を、参考までにご紹介させて頂きます。
(コメント欄からの転載です。)

**************

起こってくるものが、怒りなどの感情であっても、
表現したことが相手を傷つけると思われるようなことでも、

それも真我の現れとして、
ただ受け止めてあげればいいということでしょうか?

それとも、真我にあれて、
そこから起きているということが分かった上でのことでしょうか。


のびのびさん いつも読ませていただいています。

今日はなぜかコメントさせていただきたくなって
ご質問書かせていただきました。

質問が意味をなしているか、わかりませんが。。。


ありがとうございます!


2012-07-06 : koyuki

**************

koyukiさん

いつもお読み頂き、ありがとうございます。

すべての現象は真我(在る)から起こっています。
怒りもそうですし、怒りを表現することもそうです。
怒りを表現したことによって相手が傷ついたように感じるということもそうです。
現象のすべては真我(在る)から起こっています。
それは自然現象です。

すべては真我(在る)の表現なのですが、どう在るか、どの立ち位置に在るかということにより、現象、言動、体験は違ってきます。

マインド(個人・自我)であるか、真我(在る・愛)であるか。
真我(在る・愛)で在れば、そこから起こることは、純粋な愛の表現になります。
マインド(個人・自我)であれば、そこから起こることは、純粋な愛がマインドに歪められたものになります。

(ですが、マインドやマインド経由で起こってくるものも含め、すべては真我から起こっているのであり、それ(真我)は、すべてを許しています。
それは、絶対的な愛、無条件の愛です。)

ですから、起こってきたものの形(内容)ではないのです。
どう在るか、がもっとも大切なことなのです。

起こってきたものの形(内容)だけを見れば、一見、愛とは思えないようなものも、真我から起こってきます。
真我の愛はマインドでは計り知れません。

そして、起こることは起こります。
怒りが起こることも。
それを表現したことも。
相手が傷ついたように感じるということも。
その後、koyukiさんが何かを感じられたのなら、そのことも。

それら起こってくることすべてに気づいている、すべてを許しているのが真我(本当のkoyukiさん)です。

真我(在る・愛)で在れば、すべては自然に正されます。
自然に浄化されるものは浄化され、表現されるものは表現されます。
真我(在る・愛)で在れば、koyukiさんを通して起こる表現がより愛の質を帯びたものになってきます。


そして、本当は、koyukiさんも相手の方もいません。
個人がいるというのは幻想です。

ただひとつの意識(真我・在る・愛)が在るだけです。

その真の理解が起これば、現象には影響されなくなります。
いつも平和で愛に満ち、幸せで在ることができます。


2012-07-06 : のびのび

**************

koyukiさん

コメントありがとうございます。

> のびのびさま
> ありがとうございます。
>
> そもそもどの立ち位置に在るか、
> ということでそこから生まれてくる表現も違うし、

そうです。

>
> 真我にあれば、
>
> 現れているものがどのようなものであっても、
>
> ただそれに気づき、許すことが
> 自然に起きてくる、起きているということ。

真我はいつでも、すべてに気づいている、すべてを許している存在です。

実践としては、気づいたら、真我(在る・気づきそのもの)に戻る、ということだけです。
強いマインドが起こっているようなときは、なかなか戻れないかもしれません。
そのようなときは、「今はただそうである」と気づいていればOKです。
パターンになっていれば、何度も起こってきますが、気づき続けていれば、徐々に弱まります。
浄化が進み、理解が深まるにつれて、在るが確かなものになっていきます。

>
>
> まぁるくおさまっていて、
> かつどこまでも深い感じがします。

そのとおりです。
真我はいつもまぁるくおさまっていて、無限に深いものです。

>
>
> そして、
>
> ただひとつの意識・在る、が在るだけ、
>
> ということの、
> 真の理解が訪れるには、
>
> 在るを意識していくこと、
>
> それにつきる、
> ということなのですよね。

そのとおりです。

在るを意識すること、さらには、それそのもので在ることにより、理解が深まっていきます。

必要な気づき、インスピレーションなどが必要なタイミングで起こり、
自分自身がそれ(意識・在る・愛)で在ること、
すべてはひとつで在ること、
存在するのはそれだけであること、
が徐々に実感を伴って分かってきます。

ただ在ること。
書かれてあるように、それに尽きます。
それ(在る)しか存在していませんので。

>
>
> 。。。頭で理解しても仕方ないのですが、
> こういう理解であっていますか?

はい、そのような感じでよろしいと思います。
真我は頭の理解を超えていますが、頭の理解も大切です。
自己理解は直知(真我の真我による直接理解)によるものですが、頭の理解はそれをサポートします。

>
>
> では!
> ありがとうございます!

こちらこそ、ありがとうございました。


2012-07-08 : のびのび


【コメント欄より】真の自己理解があれば、思考、感情を個人のものとすることはありません。

今回は、kazukoさんから頂いたコメントとのびのびの返信を、参考までにご紹介させて頂きます。
(コメント欄からの転載です。)

**************

kazukoさん

コメントありがとうございます。

> のびのびさん、いつもありがとうございます。
>
> M・Kさんが、のびのびさんとのコメントのやり取りで「思考を自分のものとしなくていいんだ」
>
> と書いてあるので読んで、なぜだかわからないんですが、ホッとしました。
>
> M・Kさんは、思考と感情は、自分のものでもなく、誰のものでもないと気づかれていて
>
> のびのびさんは、思考と感情を自然現象と書かれていますが、そのことをもう少し詳しく
>
> 聞かせていただけたら嬉しいです。

真我の視点からは、個人はいません。

世界もありません。

マインドが、ひとつであるもの(真我・在る)を分割して、意味を付けたのがこの世界です。

すべての現れは、真我(在る)から自動的、自発的、自然に起こっています。

それには、意味も意図もありません。

「私(個人)が~している」という個人感覚も真我からただ起こっています。

個人体験というマインドによる錯覚が、真我からただ起こっているのです。

真に存在するのは、唯一、真我だけです。

個人はいないのですから、思考、感情が自分(個人)のものであるはずがありません。

思考、感情を個人のものと思い込んでいるのは、マインドです。

個人がいると思い込んでいるとき、思考、感情が個人のものと感じられます。

浄化として浮上してくるものは、個人が抱えていたものです。

そして、その個人とは、単なる記憶の寄せ集めです。

「自分自身は個人ではなく、真我(在る)である」という自己理解があれば、思考、感情を個人のものとすることはありません。

思考、感情もすべての現れと同等に自分自身(真我・在る)のなか(または上)にただ起こっては消えていくものです。

真我(在る)に馴染み、真我(在る)を確かなものにしていくなかで、すべてはただ起こっているということをご自身で実感されてください。


ありがとうございました。

のびのび


2012-04-05 : のびのび


【コメント欄より】いつも変わらず不動で在りますね。

今回は、kazukoさんから頂いたコメントとのびのびの返信を、参考までにご紹介させて頂きます。
(コメント欄からの転載です。)

**************

kazukoさん

コメントありがとうございます。

> のびのびさん、ありがとうございます。
>
> あれから、2,3日しかたっていませんが、
>
> 「あ、今、少し、イライラしている」
>
> 「今、イライラしていることに気が付いている意識は?」
>
>
> また、日常生活の中のささやかなシーンでも
>
> 「今、洗い物ををしている」
>
> 「今、洗い物をしていることに気が付いている意識は?」
>
> と
>
> その意識のほうに目を向けるようにしていますが、そんな感じでよろしいんでしょうか?

はい、そんな感じでよろしいと思います。

>
>
> この意識、捉えやすいマインドと違い、色や音や形がない空気のような存在だったんですね^^;

そうですね。

>
> だからはっきり、認識できなかったというか・・・
>
>
> でもいつも変わらず不動で在りますね。

はい、それは、いつも変わらず不動で在ります。

それが、本当のkazukoさんです。

それに馴染み、それで在ることを確かなものにしていってください。


ありがとうございました。

のびのび


2012-04-05 : のびのび


【コメント欄より】ただ在ってください。

今回は、ひとみさんから頂いたコメントとのびのびの返信を、参考までにご紹介させて頂きます。
(コメント欄からの転載です。)

**************

ひとみさん

コメントありがとうございます。

> のびのびさん♪ おはようございます。
> 今日もまた きちゃいました。(*´∀`*)
>
> すみません。
>
> ~昨日の日記です。~
>
> 幼いときから 気分の起伏が激しい子と言われていた。
>
> たしかに そうだった。
> 感情が 穏やかになったり イライラしたり
> とにかく起伏が激しい子だった。
>
> あるとき「これではいかん!」と思い 「よし!直そう!」と思った。
>
> ※今気づいた。この「直そう!」が しっかりマインドじゃん(*´∀`*)ということ。
>
>  直そう!としなくても良かったんだなぁ~ 見てるだけでよかったんだなぁ~
>
>
> 特に寝起きの気分が 最高に悪かった。
>
> ※これも今から思えば 真我から自我へのシフトだもん 機嫌が悪くなるよなぁ~~

すべては、ただそうであるだけです。

必要なことが起こっただけです。

そして、より深い視点から見れば、すべては幻想であり、本当は何も起こっていません。

この理解を揺るぎないものにしていくことが大切です。

>
>
> で、昨日(日曜日)も 夫に嫌悪感を感じた。
>
> 「う”っ 嫌だーーーー」
>
> お?嫌だ!と感じている「私」がいる。
>
> ん?リラックスできない「私」がいる。
>
> あ?気をつかっている「私」がいる。
>
> おまけに『そんなんじゃダメじゃん。夫に優しくしてあげなきゃダメじゃん』と言ってる「私」もいる。
>
>
> そりゃあぁ~ こんなに「私」が出てきたんだもの 夫を「嫌だーー」と感じるに決まってるよなぁ~(ため息)
>
> あっ! 私 まだまだじゃん と 思っている「私」がいる。
>
> えぇ~~いっ 離れてみるときだけど こりゃしんどい!思いっきり身体ごと離れちゃおう\(^o^)/
>
> と なり、子供とおでかけ( もちろん夫に了解してもらう )
>
> このとき 夫に「おでかけしてもいい?」と聞くと、夫は
>
> 「うん。今日はくたびれているから、ひとりで家で まったりしていたいんだ~」だって。
>
> 私はてっきり「一緒に おでかけしたい」と夫は思っている!と決め付けていた。
>
> あ!決め付けている「私」を見た。
>
> ぎゃあおぉ~~ なんと ややこやしいことかーーーー ゚(゚´Д`゚)゚

真我の視点からは、個人(私)はいません。

思考、感情もただ起こっているだけです。

それ(思考、感情)を自分のものとして所有しているのは、エゴ(個人・私)です。

思考、感情はただ起こっているという理解で、どこまでもそこ(思考、感情)から離れているだけですね。

真我は何ものからも影響を受けません。

それが、本当のひとみさんです。


それから、思考、感情の内容にあまり注意を向ける必要はありません。

自然に気づかれる範囲ならいいですが、それ(思考、感情)の内容にあまり注意を向け過ぎると巻き込まれる可能性があります。

観念などを詳しく調べる必要もありません。
(必要であれば、自然に気づかれます。)

思考、感情に気づいている意識の方に注意を向けてください。

それが、在るということです。

ただ在れば、そこから必要なことが起こってきます。

すべてが正されます。

>
>
> で、まとめてみよう♪
>
> 私のなかに3人の私がいる。
> (のびのびさんこれ↑祖父が教えてくれてたことなんです)
>
> 真我の私   吾なる精霊の私   自我の私
>
> 真我そのものに在るとき とても気持ちよく平安しかない世界♪
>
> そして昨日みたいに自我の私が登場すると 吾なる精霊の私が 自我の私を「見ている」
>
> で、真我の「在る」に行こうとしても、なかなかいけない。
>
> この「ただ見る」というのは 吾なる精霊のすることなんだなぁ~
>
> で、この吾なる精霊が しっかりしてくると 真我の私で いつも在れるようになる!
>
> ねぇ 真我さん これでいい?
>
> 『はい OKです (*´∀`*) 』
>
> ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
> 三位一体とかなんとか?言いながら 亡き祖父が昔おしえてくれました。
>
> この祖父のお話、昨日 日記を書きながら「ふと」気づいたのですが
>
> この「吾なる精霊」を 真我と自我の間に容れると なんとも理解がさらに簡単にできるようになりました。
>
> で、のびのびさんに 確かめたくなりました。
>
> よろしくお願いします。
>
> いつも しつこくて ごめんなさい。

そのやり方がやりやすいのであれば、そのようにされたらいいと思います。

ただ、真に存在するのは真我だけですので、真我として在ることを実現されたいのであれば、シンプルに真我(在る)に意識を向ける、あるいは、それそのもので在ることが最も直接的です。

大切なことは、本当のひとみさんはそれ(真我・在る)であるということを、深く理解し、深く受け入れていくことです。

そして、一瞬一瞬、それ(真我・在る)で在ることです。

ありがとうございました。

のびのび


2012-04-02 : のびのび

・・・・・・・・・・・・・・

ひとみさん

コメントありがとうございます。

> なんども ほんとうにすみません ゚(゚´Д`゚)゚
>
> 気づきました!
>
> 夫も「 真我 」ならば 夫は、そこにいない。
>
> という気づきです。
>
> そして私も そこにいない。
>
> いない者同士が いる!と信じこんで(私も、夫も)
>
> 相手に気を使う。
>
> これって 滑稽としか言えませんねぇ~ 

はい、それがマインド物語です。

それだけが、苦しみの原因です。

>
> もっと もっと 正直に在ります。
>
> なんども すみませんでした。 ありがとうございました。

そうですね。

ただ在ってください。


ありがとうございました。

のびのび


2012-04-02 : のびのび

・・・・・・・・・・・・・・

[ただ在ってください。]

はい。そう在ります。

感謝


2012-04-03 : ひとみ


プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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