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マインドの性質

受講者
時には怒りを瞬時に感じることもあります。
怒りはあまり経験したくない感情ですが
怒りを感じても見て見ないフリをして
過ごしていた以前の自分より
怒りがあると認めてしまった方が
ずっと楽だなと思いました。



はい、在るは、全てを認めています。
全肯定です。
そして、必要であれば、その後に対処、対応等が起こります。


受講者
でも、怒りがあった自分、
人に非難されることを恐れている自分を
心の奥で責めている自分もいます。



気づいていて在りましょう。
それは、どこかで取り入れた知識や観念等に基づいたパターンとも言えます。

マインドは、在るの視点からの理解でさえ、
個人である自分や他人を責めることに使うことがあります。


受講者
それもあるがままなのでしょうか?



それ自体が起こることは、現時点での理解、成熟度合い等からの
自然ということができます。

また、あるがままも、大きく分けて、

在るの立ち位置にあり、気づいて在りながらの在るがままと、
マインドに巻き込まれた状態のあるがままがあると言えます。

マインドに巻き込まれていた場合は、そこからさらに、
マインドから離れて、今、巻き込まれていた、と気づく場合と、
そのまま気づかない場合とがあります。

巻き込まれていたと気づいたら、ただ在るに戻ればOKです。

過ぎ去り、流れていった過去の出来事よりも、
今在る方が圧倒的に、絶対的に大事です。
それは、過去、現在、未来、時空を含み超えて、すべてに影響を与えます。


受講者
受け入れるまでには、
時間がかかりそうです…。



理解が深まると自然に変容していきます。
ただ、マインドにはそのような性質があるということです。

(ひとつの視点からは、不確かな存在である“自分”を
一時的にでも確かなものと感じたいための手段として、
責めたり、誉めたり、ネガティブでも、ポジティブでも活用します。
とにかく、~な“自分”を感じることができればいいわけです。
マインドはマインドで、いつも一生懸命です。)

シンプルな理解(愛)が助けになります。


受講者
そんな自分を愛しくも感じますが…。



愛の立ち位置からも、変容が起こります。
受け入れるまでに時間がかかりそうと思っている自分を
受け入れている(愛おしく感じている)という在り方ですね。

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それは、ひとつ

受講者
前回金曜日に義父を身内で見送りました



深くご縁のあった人を送り出すというのは

こういうことだったんだと実感するような


今日この頃です



存在は、様々なことをひとつひとつ体験していきますね。


受講者
また

様々な冠婚葬祭などは

生きている人々のものだと思う私ですが


今回は

生きている実父との衝突やら

妹との関係やら

いろいろありましたが~

何かすっきりと一段落ついたような気分です



個々のことと同時に、大きなものもひとつとして
動いていますね。


受講者
人の気持ちなど

浄化される感情や思いなど

今回の台風のように過ぎ去っていきました!!



実際に、台風の日だったということですが、

心の中の出来事と、シンクロしている、

または、相事象、フラクタルという視点から見ることもできますね。


在るの視点からは、すべてはひとつであり、

それだけ(在る、全体、愛、ただひとつであるもの)が在ります。

そして、そのひとつのもの(在る、全体、愛)が、

そのまま、分割されないまま、

それ自身の中に、様々な形で現れ、様々な存在の仕方で存在しています。

在るには、そのような能力(愛)があり、それが在るの在り方(愛)です。


それは、ひとつです。

そして、一であり、同時に、多であるものです(他として現れるものです)。

一を知り、多を知る。

多を知り、一を知る。

在るは、そのようにして、自己理解(知、気づき、愛、幸せ、よろこび、存在そのもの)を深め続けています。

自己理解、自己拡大

受講者
中学一年の遠足で花を摘んだ時の殺したという罪悪感がよみがえりました。



“現れの世界では、色んな事が起こります。”
その起こったこと、起こったことに対するご自身の反応や思い等も含め、
それをどう統合していくか、というところが大事です。

自己理解とは、本質(本質としての在る、真我、真の自己)の
理解がひとつ、
さらに、その本質から起こる現れ(現れた在る、個人、マインド、様々な思い、言動、様々な現象、出来事、関係性、世界、現れた宇宙等)についての理解、
そして、それらを統合した理解、すべてを貫く理解、包み込む理解というものがあります。
そして、その理解も、現れにおける経験、体験を通し、進化(深化)、成長、更新されていきます。


受講者
イタズラしたり意地悪する人の思考が読めないし、理解出来ない。
何度もやられてるから、注意してるけれど、私の予想をはるかに超えてくるので対処できない。



そのような方々は、もしかしたら少人数かもしれませんが、確かに存在しています。
本質はひとつであり、現れた存在においては皆同じですが、
現れ部分における組成の違い、とも言えるかもしれません。


受講者
イタズラや意地悪する人とそうではない人と区別して接することができない。
だから余計に侮られるのですが。



本質の視点から言えば、本当に素晴らしいことですが、経験を通して、
識別も同時にできるようになっていないと、とても大変であり、生きづらい部分でもありますね。
この辺も、現れた存在としての微細なレベルの構成要素、組成の違い等も
関係しているものと思われます。
そのような方には、経験、体験を通し、より深い自己理解(現れも含めた)、成熟等が促されます。


受講者
支配者然とした視線や態度をとる人の気持ちが、わからない。
ロマンといいながら、月の土地を売買してる人達の物欲、支配欲、自己顕示欲。
人は、いつからこの世の支配者になったのか。
最後は、土にかえる、ほんの小さな存在なのに、彼らの命数が惜しまれますが、
彼らの存在が、また学びをもたらすのだなと。
反面教師にして自分をただしていかないと。



様々に思い、感じていること、それ自体が存在にとって貴重な経験、体験となっています。
自己成長、自己拡大、自己の深まり、自己更新、新たな発見等は、そのようなところからもたらされます。


受講者
ありのままに受け入れられるように自分を拡げていかねば。



あなたは、感覚がかなり違う世界にいらして、拡がりづらいところから
それを乗り越え、着実に拡がられてきていると思います。
これからも、ご自身を一番大切にしながら、無理なく、拡がっていきましょう。

それは、何ものでもなく、また、何ものにでもなれるもの、すべてであるもの

受講者
先週は、夏休みで、旅行に行き
とても楽しい時間が過ごせました。

また、セルフイメージと
いうことを、少し考えました。



はい、自己理解、そして、セルフイメージ、
大事ですね。


受講者
セッションの最後には、大きな
光に包まれた感じになりました。



今回も、素晴らしい光のセッションでしたね。


受講者
セッション後、暫く経って

セルフイメージもどっちでもよくなり



共鳴による自己更新とも言えますね。


受講者
その方が、簡単で、楽ちんな感じがし

自分にはあっているように感じました



セルフイメージは必ずしも固定化されたものである必要はありません。

セルフイメージという言葉からは離れるかもしれませんが、

どっちでもいい、

簡単、

楽ちん、

自分にあっている、

というところが、あなたらしさ、

あなたの在り方、ということになるかもしれませんね。

それも、今、この瞬間そうであり、それを自覚した上で、

それにもとらわれず、

自己を超えていく、自己を更新していくというのが、

在るの在り方です。

それは、何ものでもなく、また、何ものにでもなれるもの、

すべてであるものです。

在ること、真の自己であること

受講者
今回は、無空さんの後ろからすっくと立ち上がる蓮の花を持った観音様を拝見したり。



在る(真我)の共鳴が起こっているとき、本質的なものの現れとして様々に神聖なるものの姿形等が見えることがあります。
そのときどきで必要なことが起こっていきますので、見える姿形等にはとらわれずに、在るがままに見、感じ、それを本質としての自分自身(の無限にある在り方、可能性のひとつ)として捉えられるとよろしいでしょう。
できるときは、対象として見えるもの(今回であれば、蓮の花を持った観音様)を自分自身に重ね合わせ、自分自身としてその素晴らしい質、在り方を感じてみましょう。


受講者
以前、お聞きした顔の表情は、合わせ鏡というお話を思い出しました。



はい、そのような視点、理解も持っておくとよろしいですね。


受講者
以前は、きれいにきれいに真っ白にしようと思っていたけれど、
少しの汚れもそのものの味わい。



そのように捉えることで、全体はひとつとなり、汚れに見えていたものが
変容していきます。


受講者
人は、面倒だけど面白い。自分の気持ちに正直に、わがままではなく、攻撃でもなく、自己と他者を妥協しないで容認する。本当に難しい。



難しいがゆえに、地道に実践していくことで、磨かれ、また、成長、成熟していき、真の力、地力、存在の力がついていきます。
愛がより大きく、深いものとなっていきます。


受講者
松果体、サードアイ、チャクラ等何かを特化するのではなく、バランスを考える。



はい、そのときどきでどれか、どこかにより焦点が当たるということは起こることがありますが、全体のバランスも大事です。
個別性と合わせて、全体性も意識していきましょう。


受講者
全てはあるが、正解はない。



現れたそれぞれがそれぞれの視点では、そのときどきにおいて正解ということもできますが、現れの領域において、あらゆる環境、状況、時空を通して、画一的で決まった答えというものはありません。

存在は、現れを通し、変化、変容、進化、更新していくので、現れの領域における答えも進化していきます。

また、別の視点からは、個々それぞれは変化していきますが、全体は常に全体として在ります。
全体を丸ごと受容すること、全体として在ることは、正解という視点、言い方も可能です。

また、現れたすべてが変化していく中で、現れを体験している主体(自己)が在るということは変わりません。

そのような視点からは、“在る”ということは、どんなときでも正解であると
言うことができます。

在ること、真の自己であることです。

それがより現れた状態でより分かりやすい表現で言えば、いつも自分に正直であること、自分の気持ちに正直であること、自分の良心(ハート、魂、あるいは、直観、感覚、智慧等)に従うこと等が挙げられます。


受講者
容認し咀嚼しなにを得るか、なにを学ぶか。まだまだ、自分の本性、本質に至ってない。
せめて、口に理想を説いて行いが愚劣にならないように気を引き締めて生きて行こうと思います。



今、着実に開かれてきていて、本性、本質に近づいている状態です。

(すでに本質そのものでもあるのですが、その理解、実感にまだ開かれていないという状態です。)

このまま進んで行きましょう。

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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