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全体としての立ち位置、視点

受講者
はじめの共鳴では、「空っぽ=安心そのもの」、「空っぽ度合いが増した感じ」、「空っぽの無限の広がり」を感じました。



空っぽの実際的認識、理解が、さらに広がり、深まっていますね。
空っぽの在り方、素晴らしさが、とても伝わってきます。


受講者
アイコンタクトでは、「存在が、存在していることを知っている=よろこび」を感じました。



最も凝縮されたところ、至福とも言われ、感じられるところ、
在り方の深まり、洗練等により、今回のように感じることが可能になります。


受講者
瞑想では、「存在として在ることが自然な感じ」、「落ち着いている」、「影響を受けない」を感じました。



存在へのシフトが、本当に素晴らしいですね。

真に主たるものは、それであります。


受講者
ハートの共鳴では、「すべてである愛そのもの」を感じました。



すべてであること=愛 とも言えますね。

すべてであるもの、

そして、愛という在り方を

よく感じ取られていますね。


受講者
立場を変えての共鳴では、「全体として在り、全体として起こっている」を感じました。



全体の認識、理解が、本当に素晴らしいですね。

全体として在り、全体が全体のまま起こっています。

ただひとつであるもの、ただひとつであるすべては、

そのような在り方、そのような起こり方をしています。


受講者
立場なし、ニュートラルの共鳴では、「すべてとして在り、すべてとして体験している」を感じました。



今回は、すべてであるものへのシフト、その直接的、実際的認識、理解が素晴らしく進んでいることが確認されましたね。

今回も、本当に素晴らしい共鳴でしたね。


受講者
日常では、

すべては、全体として、そのときどきに、その立場を生きているだけ、その立場を体験しているだけ、ということが、より実感として感じられています。



はい、今在る立ち位置が、全体としての立ち位置、視点にあるということがとてもよく伝わってきます。
そのような在り方、実感、認識、理解が、現れている全体へのさらなる全体性の浸透、ひとつであること、調和、愛の広がり等を促していきます。


受講者
また、“する”がより落ちてきているのを実感しています。



存在、全体、真の愛、真善美へのシフトは、在ることへのシフトです。

(もちろん、何もしなくなるわけではなく━“する”が起こらなくなるわけではなく━、全体の必要性に応じて、“する”、あるいは、現象は、自発的に起こっていくようになります。
全体として在り、全体としての認識の中では、全体がどれだけ活発に動いても、
それは全体の中でのことであり、全く動いていないのと同じです。
全体は、あらゆることを為しながら、全く何もしていない、
ただ在りながら、すべてを為している、という認識、理解に在ります。
全体は、そのような在り方をしており、また、愛は、そのような在り方をしています。“知っている”そのもの、相対的知らないも含み超えた、知そのものは、
そのような在り方をしています。)


受講者
今のスタンスの表現として、“あきらめと信頼”、そして、“安心”という言葉が浮かんできます。
このスタンスがとても心地いいです。



それは、今の在り方が、存在全体として、とてもぴったりきている証拠です。


受講者
自然、シンプル、軽やか、楽が、より浸透しています。



在る、真実の深まりにより、それらは、より浸透していきます。

本当に素晴らしいですね。

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そのものでもありながら、共にも在ってくれるもの、共に在ってくれながら、そのものでもあるもの

受講者
立場なしの共鳴
愛と共にある、愛が生きていると感じました。



はい、愛は、生命そのものです。
そして、いつもわたしたちと共に在ります。
また、わたしたちが、愛そのもの、生命そのものでもあります。

そのものでもありながら、共にも在ってくれるもの、
共に在ってくれながら、そのものでもあるもの。

在る(愛、生命、真我、空、至福、真善美)は、そのような在り方をしています。

流れ続けるからこそ、いつも新しく、同時に、変わらずに安定し、安心して在り続けることができる、という在り方がある

受講者
瞑想
流れのままに在ることで、エネルギーが滞ることなく流れることを感じました。



とても大事な在り方ですね。
真の在るがまま、起こるがままの実現です。

本質は変わらず、そして、そこから起こってくるものは、流れ続けます。
それは、存在のふたつの相、側面(不変性と無限の流動性)とも言えます。

変わらない本質、源があるからこそ、そこからの起こり、流れは、流れ続け、
また、現れの起こり、流れが、流れ続けるからこそ、その源は、変わらないままで在り続けることができる、という視点もあります。
源は、現れであり、現れは、源。
(本質、源の方が大きく、その一部━無限の可能性の一部━が現れている、等の視点もあります。)

立ち位置の自在の移動、
視点、理解の自由自在性。

流れ続けるからこそ、いつも新しく、同時に、変わらずに安定し、安心して在り続けることができる、という在り方があります。

体験を通して、ただひとつであるものにおける自己更新、自己成長、自己拡大、自己の深まりが促され、推し進められ、また、自覚、自己認識、自己理解の更新がなされていく

受講者
日常では、

思考や感情が様々に起こり、気づかれ、消えていきました。

体験を通して、様々なとらわれに気づいています。



体験を通して気づかれ、より自由になっていっている、とも言えますね。


受講者
改めて、マインドの成熟がとても大切であると、強く実感しています。



はい、体験(在るのそれ自身から起こる関係性世界を通して起こるもの)を通してそれは為されます。

それは、現れの世界を通してなされる存在の果実とも言えます。

直知、直覚という、ある意味、マインドを介さないで(マインドの変容、成熟等も促す)知られる自己、

また、別の表現をすれば、

まだマインドとして現れていない空なるマインド(空の中のマインド的働き、機能)

真我そのもののままのマインド(真我の中のマインド的働き、機能、あるいは、真我そのもののまま真我全体として働くマインド的機能。)を通して知られる自己、

知そのものであるマインド

(全ての全てであるものの全体性が、知、知るという側面、角度、顔、視点から、それ自身によって自覚された全体性そのものでもあるマインド、マインド的機能、働き)

最も精妙なマインドを超えたところにあるマインド(在るそのもの、空そのもの)、

それ自身から現れた、あるいは、それ自身の中に現れたマインド的要素、働き等全てを含みながら、まだ多様な質に分たれ、あらわれていない均質の中でのマインド的働き

それを通して知られる自己を含め、

体験を通して、ただひとつであるもの(在る、真我、愛、全体、生命、空、純粋意識、真・善・美)における

自己更新、自己成長、自己拡大、自己の深まりが促され、推し進められ、

(それは、ただひとつであるものの自然本性、自己愛による)

また、自覚、自己認識、自己理解の更新がなされていきます。


受講者
在るが一歩一歩、確かなものになっていくことが、この上ないよろこびです。



真の歩み(一歩一歩が真の実現)、真のよろこびですね。

純度の高さに加え、様々な関係性における体験等を通して、これまでの習慣等に対する気づきや新たな開かれ、変化、変容、成長、更新を起こしていくことが大切

受講者
この期間中もちょっとしたことがありました。

それをきっかけに、自分への扱い方を
変えて、もうちょっと丁寧に扱おうと思った
ところ、

ぜひ来て下さい、と乞われた会社へ
移ることになりました。


わたし自身はわたしで、何も変わらないのですが、
人からの扱われ方が全く変わり、ちょっとびっくり
というか、キツネにつままれたような感じが
しています。



純度の高いところから意識(今回で言えば、ご自身への扱い方)
を変えると、現れにも変化が起こるのが早いですね。

純度の高さに加え、様々な関係性における体験等を通して、

(大きく言えば、存在を現れた何かに触れさせることを通して)

これまでの習慣等に対する気づきや新たな開かれ(純度の高さやトータル性が
それを必要なタイミングでもたらすとも言えますが。)、
変化、変容、成長、更新を起こしていくことが大切ですね。

ひとつの表現で言えば、(起こっていること、また、それに対する反応、
対応等、そして、在り方も含め、自分自身に対して)丁寧である、丁寧にある、
ということが言えるかもしれません。

また、別の表現では、自分自身に正直である、

もっとシンプルには、自分自身である、

という表現で、包括できるかもしれません。

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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