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シンプルなものの実現、そして、さらなる開かれ、深まり、更新を促すには、シンプルな実践の継続が必要

受講者
はじめの共鳴では、「絶対的」、「ただそうである」を感じました。



立ち位置の確かさが素晴らしいですね。


受講者
アイコンタクトでは、「自然、普通」、「ただそうである」を感じました。



ここも、確かさからの認識と言えますね。


受講者
瞑想では、「ただそうである」、「純粋である」、「純粋から純粋が起こる」を感じました。



純粋さの自覚、認識も、さらに深まっている感じがします。


受講者
ハートの共鳴では、「ただそうであると知っている=気づきそのもの」を感じました。



認識、自覚、理解の深み、厚み等が、素晴らしく伝わってきます。


受講者
立場を変えての共鳴では、「ただそうであるが在る」、「気づいていることのよろこび」を感じました。



やはり、認識力、自覚力の素晴らしさが伝わってきます。

それは、至上のよろこびですね。


受講者
立場なし、ニュートラルの共鳴では、「気づいているだけ」を感じました。



とてもシンプルであり、その中に全てが含まれています。

それがそのまま伝わってくるような素晴らしい共鳴でしたね。

在り方が、本当に素晴らしいです。


受講者
日常では、

よりとらわれなくなっているのを実感しています。

在るへの戻り方がよりシンプルで確実です。



確かなところが、確かに更新されていますね。

本当に、大事なところ、基本(基本であり、すべて)を理解され、

それを確かに実践されている、というところが

とても伝わってきます。

実践を継続し、より洗練された実践とは、

あなたがされているような実践のことを言います。

それは、とてもシンプルです。

シンプルなものの実現、そして、さらなる開かれ、深まり、更新を

促すには、シンプルな実践の継続が必要です。

それを、素晴らしい確かさで、実践、そして、実現されていますね。

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在るに気づくこと、在るに意識を向けること、在るであることで、今に必要ないものは、自然に溶けていく

受講者
今回のセッション後、
今までの静寂や幸せな気持ちもありながら、
イキイキとした活力を感じました。



はい、在るは、生命そのものでもありますので、
イキイキとした感じもありますね。


受講者
セッション時にもお話ししましたが、
最近、色々と小さな変化を感じています。

今まで何年もこだわっていた事が
気にならなくなって
別の考えも適用してみようと
自然に思えるようになっていたり、
色の好みが変わったり、
突然バードウオッチングに
行きたいなっと思ったり、
ずっと同じだったヘアスタイルを
変えたいなっと思うようになったりしました。



変化、変容が起こっていますね。
小さな変化に気づくのは、とてもよいことです。


受講者
一見どうってことはない変化なのですが、
今まで囚われていた思考のクセが
あらわになったのか、心に素直になったのか、
まるで「自分」と言うものの殻が
少しずつ崩れてきたようでもあります。



はい、社会的に作られた殻かもしれませんし、
そこから自分を守るために作ったものかもしれません。
また、日常の気づかない継続性の中で、いつのまにか習慣化し、
作られていったものかもしれません。

在るに気づくこと、在るに意識を向けること、
在るであることで、今に必要ないものは、
自然に崩れ、溶けていきます。


受講者
そして、時折
以前よりも自然に生きているなっと
ふと思ったりもしています。
「在る」に対しても、
より自然に向き合えるように
なったような気がします。



とてもよい感じですね。
在るは、ずっと在り、もともと自然なものですが、
自然過ぎて(自然そのものなので)、通常はなかなか気づけません。
また、気づいても、そこに注意を向け、
さらには、注意を向けることを繰り返すということも
気づいた人、すべてができるものではありません。

気づき、その大切さ、素晴らしさを知り、
もともと自然なものですが、それまでの習慣から
それに意識を向けること、そして、それを認識し、
感じることというものがありませんので、
はじめは、より意識的な実践が必要です。
それを繰り返すことにより、今回書かれてあるように、
自然に向き合えるようになってきます。

さらには、“向き合う”から、“それそのもの”
という立ち位置の感じも実感できるよう、
実践を継続していきましょう。

そのことにより、自己理解は、より直接的なものとなり、
深まっていきます。


受講者
今回のセッション後、浄化反応か
胸からしゃっくりやゲップが出ました。
そして、すっかり忘れていた
心臓の鼓動を思い出しました。
また、カラスの鳴き声が
胸にダイレクトに響いてビックリしました。
でもなんだかカラスが可愛い〜!!



不要なものが取り払われ、ハート(在る、真我)がより開かれてきていますね。

起こってきているもの(それが起こっていること自体)をあってはいけないものとしてしまうと、全体と離れてしまう

受講者
セッション終了後
こんな素直な気持ちになったのは
何年ぶりでしょうか。
子供の時にはあった、平和、安心感を
思い出しました。
まるで愛に包まれているかのようです。
幸せってこんな身近にあったんですね。
思い出せて嬉しいです。



はい、共鳴直後も、本当に幸せが自然にあふれ出ている感じでした。
元々在ったもの、多くの方が大人になるにつれて忘れてしまいがちなもの、
あるいは、そこに何かが付け加わってしまい純度がおちてしまいがちなもの、
または、何か別のものにすりかえられてしまいがちなものを思い出せてよかったですね。


受講者
セッション翌日
私にはずっと前から、「嫌だ嫌だ」と言う不快な感情がありました。
セッション翌日にその感情を刺激するような出来事が2回起こりました。
1回目は、嫌だ嫌だと言う感情が瞬間的に湧き起こりました。
2回目は、嫌だ嫌だと言う感情が少し顔を出しました。
いつもなら、ここで不快な気持ちになって、この感情をどうにかしようとして意識的に感じることを何回もしてきましたが、依然としてこの感情はあり続けました。
根が深いのかも知れませんが、もしそうでないとしたら、私が助長させてしまったのかも知れません。
もし助長させたのなら、私のこの感情があることはいけないと言う考えがあり、 苦しみを受け入れられていなかったことが原因かも知れません。



よい気づきですね。
不快なものであっても、その元、ある意味、目的は、愛であり、幸せです。

(小さい子供の頃のものですと、その頃は、経験も少なく、視野もまだ狭いため、現れの世界、関係性、起こること等への理解も浅く、また、純度の方はとても高いために、強いものが起き、それがそのまま理解によりバランスされないまま、そのエネルギーが残っている場合があります。)

起こってきているものを、まずは、肯定するところから始められるといいですね。
まずそれが“あること”、“起こってきていること自体”を肯定し、その後の反応や対処は、またそれぞれ自然なものでOKです。

“起こってきていること自体”を肯定し、または、肯定という感じが難しければ、シンプルに、今、~が起こっている、ああ今、こういうものが起こっているんだなあという“認識”をし、その後、より具体的な反応として、否定や否定的な行動が起こるのは、自然なことです。

起こってきているもの(それが起こっていること自体)をあってはいけないものとしてしまうと、全体と離れてしまいます。

(全体の立ち位置に在れば、それは時間、空間を含み超えていますので、
自我、個人の立ち位置からは、けっして起こってほしくなかったこと、
それが既に起こってしまったことでも、影響を与えることが可能です。
全体の立ち位置に在れば、過去、現在、未来の全体に影響を与えることができます。)

全体(愛、在る、自然)は、今は、全体としてこういう感じである、全体の中のすべての要素が影響しあって、関係しあって、今こういう状態である、ということを純粋に現わしてくれる、あるいは、純粋な鏡として映し出してくれているようなものです(全体、愛、在る、自然の在り方、自然本性のひとつです。)

起こってきているものを認識、起こってきていること自体を肯定した後、「今、これがあるのはおかしい」、あるいは、現状、世界を見て、「今のこの状態は、おかしい、本来の自然な姿ではない。」等の思いを抱き、さらには、何か具体的な行動に出るのは、全体の中での自然な展開であり、真の在るがままの在り方です。

それは、在るの在り方である、“これでいい”、“ただそうである”、と矛盾しません。
“これでいい”、“ただそうである”、あるいは、在るの全肯定、全受容は、前述の、起こっていること自体の純粋な認識の部分、全体、愛、自然そのものとして、すべてをあるがままに映し出す純粋な鏡としての在り方の部分、またそれは、それ自身から起こるすべての現れに対しての主、あるいは、親としての深い愛、または、それ自身への深い愛とも言えます。

起こってきていること自体を肯定した上で、不快なものは避けようとしたり、どうにかしようとする反応が起こってくることは自然なことでもありますが、理解を持った視点で、起こってくる感情等、そして、それに対して起こる反応も、すべて丸ごと肯定、受容して在れるといいですね。

(起こること、そして、それに対して起こる反応についても、常に在る、全体の
立ち位置に在る、あるいは、そこにその都度、戻る、という在り方で在れると、
全体はよりスムーズに流れ、展開していきます。)

起こってくるものは、全体の中での自然な現れとして起こってきます。
不快なもの、いやな感じがするもの等もあるかもしれませんが、
それでも、今そこにあってはいけないものなど何一つありません。

(個人、自我にとっては受け入れがたいものもあるかもしれませんが。
全体としてはそうです。もし、個人、自我にとって、それが受け入れがたいもの、あってはいけないものであれば、全体、愛、在るの立ち位置に戻り、すべてに影響を与え、すべての変容を促せるよう在りましょう。)

すべては、全体の中で、自然に起こってきており、ある意味、それが許されているからこそ、起こってきていると見ることができます。
それは、気づきのため、全体の調和、バランスの回復のため、そして、全体の自然な展開、あるいは、全体の進化、向上、成長のために、全体(在る、愛、自然)の自然本性から起こってきていると見ることができます。


受講者
ただ書いていて、考えてもわからないなとも思いました。
でも今回は、この嫌だ嫌だの気持ちを湧き起こす出来事があっても、嫌だの気持ちとセッションで感じた平和な気持ちの両方が同時にありました。



はい、源(本質)と現れは、同時にあり、認識することが可能です。


受講者
そこからみると、苦しみもあまり辛くはありませんでした。



その立ち位置(源、本質、全体)は、あるもの、起こっているものを
丸ごと全肯定の在り方で在りますので、感じ方も変わってきます。


受講者
私の見方が変わり、同じものの表と裏をみたのかわかりませんが、



ここの気づき、理解は、とても鋭いですね。


受講者
今後何があっても平和な気持ちに戻ることが可能になっていくかもと感じました。



はい、それ(本質、源、全体)は、現れの状況に関係なく、いつも変わらずに在りますので、可能ですね。

すべては、空の中に潜在している

受講者
共鳴をはじめると、なにかをわかろうとするマインドが現れました。
しかし「もしわからなかったら」と、自分自身の問いかけに、恐怖感を感じました。
しかしこれを感じ切ると、何もわからない無の空間が存在しています。これにほっとしてそして静寂で自由です。



起こってくるマインドに対する在り方が素晴らしいですね。
本質であることを重ねていくと、さらに全体として変容していくでしょう。


受講者
音はいつもより増し、体の痛みがいつもより増え、頭が少し締め付けられた感じでした。
敏感になった感じです。誰が敏感になったのでしょう。それも空の中から現れている感じです。



よい感じで気づかれていますね。
今回、感じられたように、様々な感じも、そして、その状況に対応して、ある意味、セットで起こってくる自我、個人も、すべては空(在る)から、自然発生的に起こってきます。

すべては、空の中に潜在しています。
そこから様々なものが起こり、すぐに消えるように感じるものもあれば、一定期間、あり続けるように感じられるもの、変化、発展、成長、拡大しているように感じられた後、消えていくもの、さらに、変化していくものなど、様々あります。

自我を通し、また、空そのものとして、すべてを体験し、
体験されたものはまた、空の潜在性の中に溶けていきます。

様々な体験が溶け、すべてを吸収、回収した空は、それらの体験が起こる前の空と全く変わりません。

本質的には、何も起こっていません。

とても静かです。

ずっと静かなままです。

と同時に、厚み、奥行き等のあるトータルな視点、超えて超えて超えた視点からは、そこにあるのは、より豊かになった空、
潜在性、無限の可能性の満ち満ち度がより増した空、
あるいは、さらに無限性を増した無限とも言うことができます。


受講者
前にも書きましたが自我の重要性は消えシンプルさが残ります。しかしながらマインドも成熟している感じです。



はい、書いて頂いている文章からもマインドの成熟度合いが感じられます。

素晴らしいですね。

在るもの、起こるもの、すべてよし

受講者
本日の共鳴は

チャクラエネルギー全開のような感じでございました



現在、ゼロ意識共鳴は、本質度合いと共に、

在るのトータル度合い、豊かさが増し、

(精妙な)現れレベルも活性化するようになってきています。

よく感じ取られていますね。


受講者
始まる少し前に

急に眠くなって横になっていたんです


ガクンガクンと力が抜けていって

いきなりのリラックスは

やはりゼロ意識共鳴だな~って思っていました



はい、リラックスの中に、すべてが含まれています。


受講者
この安心は

自分自身であるところ

生きていることすべて



素晴らしい理解、そして、それで在りますね。


受講者
さて

いつものように始まる前に

少しお話を聞いていただきましたね


わたしの願いは

自分で自分のその願いを認めてあげることだったようです

その願いが叶うことよりも

その願いを持ってもいいということ

それが「願い」というマインドであることが


わたしを苦しめていたようです



気づきが起こりましたね。


受講者
いいんです

その願いを持って

それが叶うように願っても

そしてそんな自分を抱きしめて

認めてあげてもよかったんです



全肯定、全受容、

自己肯定、自己受容

大事ですね。

それを、真に実践することが大切です。


受講者
まだまだ

救い上げ切れてはいない自分自身の思いがあったんですね


その思いを持つことで

他の誰かが傷ついてしまうことを恐れていました

もしも傷ついたとしても

大きな意味では愛ではありますが

理解に至らない場合は

とても大きな苦しみを伴いますから

理解に苦しむという言葉は

わたしのことを示していますよ



わたしは小さい頃より

そんな子供でしたので

周りを気にして生きてきたのですね

^^;



そうでしたか。

大変でしたね。


受講者
それを掛け違えた人生という風に感じておりましたし

あるべきところ

あるべき姿に

戻りたいと願っていたのです



今回は、深い気づきが起こりましたね。

そこから大きな変容が促されていくでしょう。

この世界では、掛け違えたと感じるほど、あるいは、自分が分からない、

自分がいない、と思うほど、周りを気にしながら生きるという生き方が、

起こってしまうことがあります。

これからは、周りよりも、自分を気にしましょう。

本質としての自分、自己、そして、そこから起こってくる様々な思い、感情、

自然に気づかれたそれらを、

つかまず、とらわれず、抑圧せず、ただそのままに肯定し、

在るもの、起こるもの、すべてよし、

という在る(全体、愛、自然、生命、真の自己)の在り方で、

存在全体で、ひとつとして在りましょう。

そのような在り方が、在り方の継続が、

ご本人を、そして、世界を変えていきます。

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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