在るの実践を地道に繰り返し、境地というよりは、真の自己理解を深めていく

受講者
雑念だらけに改めて驚きました。



在る(真我、純粋意識)に意識を向けるようになると、
起こっていることにもより気づけるようになります。


受講者
早く無の境地にたどり着けるようにがんばります。



在るは、無そのものです。
在るの実践を地道に繰り返し、境地というよりは、
真の自己理解を深めていきましょう。
(状態は自然に移り変わっていきますので。
状態、状況は移り変わっても、理解は影響を受けません。
真の理解は、在り方そのもの、存在そのものとして実現されます。)

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それそのものとして在るときには、「つながる」という感じではない

受講者
瞑想
周囲がバタバタしていて途中話しかけられたりしたため、
集中できない時がありました。
だからといってイライラするようなこともなく、
落ち着いていたことと、
自分の心の奥で、
本質的な部分とつながっているかのような感覚がありました。

無空さんとそれについてお話しさせていただいたところ、
本質そのものが「在る」なので、
つながっているという感覚とは別のものであること、
また、「本質の自分につながっている」ということではなくて、
そもそも「在る」しかない。
本質が離れて存在していてそこからつながっているものではない、
というお話を受けました。

確かに全く違う感覚のものでしたので、
さらに理解を深めることができました。
自分自身は本質そのものだと実感することができました。



はい、本質としての在るには、それ自身から起こり、
距離を持った関係性の中で、それ自身とつながる、それ自身を感じる等
の能力(自然本性)もあり、そのような体験も起こりますし、可能ですが、
(個人の立ち位置にいる場合はそこからのスタートになりますが、
そこから、「つながる」ではなく、それそのものとして在れるよう進んでいきます。
自己理解という点では、それそのものとして在れるということは必須です。)
それそのものとして在るときには、「つながる」という感じではありません。
本質としての自己理解、本質の実現、本質としての在るの実現という点では、
それそのものとしての実感、在り方を重ねていくことが大切です。

そして、本質としての自己理解が確かになった上で、
それを土台として本質から現れているものも統合されていくという流れがあります。
(同時並行で進んでいく部分もありますが。)

源と現れという関係性、在るの自然な在り方も理解された上で、
それだけが在る(すべてはただ起こっていて、そして、本当は何も起こっていない、愛だけが在る等)
という理解がすべてを貫き、すべてを包んでいきます。

主体のシフト、変容

受講者
先ほどは、急で、セッションをしていただき
ありがとうございました。

前回、セッションした夜から
背中から、色んな感じが出てきて
すっかり、最初の頃に戻ってしまったようになり
がっかりしてしまいました。
よく考えたら、以前もこんなことが何度もありました。



大きな浄化等が起こってきた場合、
今回のような思いが起こってくる場合がありますが、
それはけっして最初の頃に戻ってしまったわけではなく、
よりクリアになってきたからこそ深いところから大きなものが浮上してきたという
状況です。


受講者
ただ、今回は、存在がかかっているようで
向こうも必死な感じ感じます。



はい、存在の主体のシフト、変容等が進んで来ると、そのようになることがあります。


受講者
共鳴、最後の方に

あるものが、あるなら
出てこいやー という 気持ちになり
落ち着きました。



はい、そのように、あるもの、起こっているものに対して大きく在れると、
いいですね。
マインドもより変容、成熟していきます。


受講者
深いものほど、大物
大物は後から出てくる。。。



はい、それがプロセスにおいては自然です。
クリアする準備ができたからこそ出てきているとも言えますね。
プロセスが進んでいることの理解をもって在りましょう。

真の変容、時の流れ、プロセス等を含み超えた在るのレベルからの変容、マインドも含めた存在全体の変容

受講者
1.共鳴
「在る」の意識が広がっている。
目に入るもの全ても「在る」と一体化している感覚。



すべてが在るですね。


受講者
ときどき、思考がいろんなことをしゃべっていました。



それはただそのままに。

気づいたら在る(変わらない本質としての在る、あるいは、今実感している在る、または、今の理解における在る)の方に意識を向け直しましょう。

両者が同時に認識される場合は、そっと在るの方に焦点を当てましょう。

あるいは、特定のどこか、特定の何かに焦点を当てるのではなく、全体をまるごと認識して在りましょう。

(そのときは、動くものと不動であるものが同時に認識されるかもしれません。

あるいは、すべてが停止するかもしれません。━動いているものがあっても停止感覚、本質的停止、本質的静寂、

すべてはただ起こっていると同時に、本当は何も起こっていない。━)

変わらない本質も在るであり、思考等その現れも含めた全体も在るです。


受講者
2.アイコンタクト
前頭葉の部分が前方にひっぱられている感覚がずっとしていました。



何か必要な調整等が起こっていたのかもしれませんね。


受講者
3.瞑想
「在る」の空間の中にいる感覚でした。

4.ハートの共鳴
「在る」空間が広がって感じられました。



全体的にとてもよい感じでしたね。


受講者
最初の頃に比べたら、
意識はずいぶんと広がっているとは思うのですが、
「変わった!」というマインドからくる興奮とは全く違い、
まるで今までもこの意識が広がった状態であったかのように思えるのが、
不思議でもありました。



それが真の変容、時の流れ、プロセス等を含み超えた在るのレベルからの変容、マインドも含めた存在全体の変容です。

未知であり、既知であるもの、
古くて新しいもの、
はじめて開かれたものでありながら、ずっとそうであったもの、
潜在的可能性そのもの、
全体、あるいは、存在としては(在るということにおいては)既知であり、
その詳細、その具体性においては、無限の可能性、無限の側面を持っているもの、
無限の側面を持ちながら、その側面のひとつひとつが同時にすべてであるもの、
側面=全体、個=全体、部分=全体、多様性=全体、すべてが全体、
はじまりであり、終わりであり、そのプロセスのすべてであるもの、
ひとつであり、関係性であり、また、関係性の両極として現れるもの、
その現れにおいては、すべての関係性を必要とし、
その本質においては、それ自身との関係性以外何も必要とせず、それ自身だけで在れるもの、
識別、認識、感覚においては分割可能(分割体験可能)でも、その本質においては、けっして分かつことのできないもの、
はじめて開かれ、知られたと同時に、
わたし(真の自己、純粋な主観性そのもの、自覚、自己認識そのもの)は、これを知っている、と感じられるもの、
それがすべてのすべてである在るです。

無為

受講者
先ほどは、ありがとうございます。

仕事は、やっているはずなのですが、
いつも、何もしていないような感じが
続いているお話をしました。



自我である「自分が、私が」というもの、
「自分が・・・している、私が・・・している」というものが
弱くなってきている、薄くなってきている、あるいは、起こってもすぐに消えていっている、
あるいは、起こらなくなってきている、という感じかもしれませんね。


受講者
共鳴中、無空さんが、言われた、私は何もしていない。。
という言葉が、ぴったりな感じ。。です。



ただ在るだけですね。

でも、真にただ在れているときには、何もしないのではなく(その存在を通して何も起こらないのではなく)、
今のあなたのように、そのときそのときの状況に必要なことが存在を通して自然に起こっていきます。

(何も起こらないことが必要なときには何も起こらない、ということも含めて。
また、何が起こるのが適切なのかは、それぞれの視点により様々ですが、
真のところは、マインド、あるいは、人智を超えたレベルにあります。)


受講者
共鳴は、今のエネルギーにドップリと
両足から入るイメージをしてみました

あるテレビドラマを見ていた時
両足、ドップリ浸かったなという言葉が、とても
印象的だったので、
いい意味での、抜けないくらい、ドップリ
浸ろうと、思いました。



それも自然に起こった感じですね。


受講者
ハートの共鳴も、立場を変えての共鳴も、

今まで、培った、知識も、みんな
溶けるようにもイメージしてみました。

そして、溶けてゆくようでした。



そのときどきで、必要な知識というものはありますが、
あるところまで来ると、ただひとつであり、すべてであるもの(在る、愛、全体、本質、自然、真の在るがまま、真・善・美)が
それまでのものに取って代わるようになってきます。

また、「溶けてゆく」という表現からは、

すべてのものは、そこ(在る、愛、全体、本質)から現れ、そして、またそこへ還ってゆく、

そこに溶けてゆく、

それだけが在る。

という視点、理解も見ることができます。

もう少し違った表現をすれば、在る(愛、全体、本質、ひとつであるもの)から
そのときどきの状況、必要により現れ、歩みをサポートしていた知識が、
在る(愛、全体、本質、ひとつであるもの)に統合され、
それまでの形を必要としなくなった、という見方もできますね。

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

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