変容、成熟により、日常はより味わい深いものとなっていく

受講者
日常が虚無感なのです。
在るに戻るよう心がけていますが、夢や希望がなく、なんかつまらないなーという感じで、淡々と過ごしていますが、あまり楽しくもありません。なにか違うのでしょうか?



プロセスの中で、虚無感が起こってくることもあります。
基本の実践を継続し、クリアーしていきましょう。


受講者
平和に寛いでる時もあるのですが、
淡々と日常が過ぎていきます。



変容、成熟により、日常はより味わい深いものとなっていきます。

スポンサーサイト

シンプルに在るに戻ることを繰り返し、在れる力をつけていくことが大切

受講者
今回も、始まる前に、最近の混乱気味のマインドの話を聞いていただき、だいぶ空間が出来たようなあとのセッションで、その後の共鳴で、ニュートラルのポジションを思い出すことができました。
ああ、基本は、在るに戻るだったと。(笑)



はい、マインドはあれこれ動き回りますが、切りがなく、根本的な解決にはならない場合も多いです。
シンプルに在るの立ち位置に立つ在り方を身に着けていきましょう。


受講者
もうシンプルにこれしかないのに、マインドが暴走しがちの日々です。



在るの実践をはじめると、それに一生懸命抵抗するようなマインドの動きが起こる場合があります。
その抵抗等にも抵抗等せず、そのまま肯定し、気づいたらシンプルに、ただ在るに戻りましょう。


受講者
今週もマインドは、忙しがりますが、ただ観てると、気がついたら、知らない間に消えていて、ぼーっとしていた、みたいな事の多い日々でした。



はい、そのような実践を重ねていくことで、より的確に在れるようになってきます。


受講者
在るに戻っても、なんにもなく、深くまではいけませんが、
日常で、空白の時間が多く(後で気づくのですが)、こんなのでいいのか疑問です。



はい、空白(在る)によりなじんでいくと、より満ち満ちたもの等が感じられるようになってくるでしょう。
(穏やか、平和、静寂、幸せ、愛、自由、真・善・美等、それぞれ、また、そのときどきで感じられるものは違うこともあります。)

空白(在る、真の自己、真我、空、純粋意識)をリアルタイムでより自覚できるようになってくると、感性、認識力等はより高まってきます。
そのためには、シンプルに在るに戻ることを繰り返し、在れる力をつけていくことが大切です。

在るがただそれ自身を開いていく

受講者
前回のセッションから間があいていますが、8月は様々に動きが起こっています。

その中で、友人Hさんの感想の中の無空さんの言葉

「在るの在り方としては、正しい方向へ向かうのではなく、

相対を超えた正しさそのものとして在り

そこから自然な流れが起こっていく、流れそのものとして、

流れずに流れていくという感じです。」

が、このところ感じていて、深まり続けているところで、何度も読み返しています。

素晴らしいサポートに感謝いたします。



とてもよい感じで在られていますね。

以前もどこかで書いたかと思いますが、

感想への返信は、送って頂いた方お一人に書いているというわけではなく、

必要な方々へ届くよう、

また、真実が開かれるきっかけになる言葉などがあったときには、

特定の誰かのためとか、誰かに向けてということではなく、

(特定の誰のためでもなく、同時に、それ自身から現れたすべての存在のために)

在るがただそれ自身を開いていく、ということが起こります。

存在全体が変容、成熟し、実現されるには、「悟後の修行」という言葉があるように、多くの場合、それなりの時間が必要

受講者
日常では、マインドの動きも自然なものとして、
それに囚われないように意識していました。



はい、在るには、現れ、相対から影響を受けない
不変的絶対的立ち位置からの自然な識別と
すべてはひとつである
(すべてはひとつであり、自ら然り、
自然である)
という一元的な視点の両方があります。

(単純化した言い方をすれば、
多様性も含めたトータルな在るの視点からは、
「すべてはひとつである」という表現になり、
純粋な本質だけを見る在るの視点からは、
“すべては”ではなく、
「ただそれだけがある」という表現になるとも言えます。

そして、便宜上の単純化ではなく、
実際、多様性を含み超えた在るの立ち位置からは、
「すべてはひとつである」と、
「ただそれだけがある」
どちらもありです。

多様性を含み超えた立ち位置、
そこから起こる理解、表現等は無限であり、自由であり、
そして、真実です。

━その他、プロセスとして、

本質を知った初期段階でのマインド側からの
あるいは、マインドを通しての

「ただそれだけがある」
「すべてはひとつである」

本質の立ち位置に立ち、現れも統合された段階での

「すべてはひとつである」

さらに統合を含み超えての

「すべてはひとつである」
「ただそれだけがある」

があるとも言えます。━)


起こっては変化していく現れであるマインドと
その源であり、変化しない在る(真の自己、真我、愛、空、純粋意識)

それ自身とそれ自身から起こる現れを識別する視点、
それ自身の現れもそれそのものであると知っている視点、

マインドの動きも自然なものとして囚われない在り方は、
両方の視点、在り方を育てていくことのサポートにもなりますね。

また、マインド等現れも含め、すべてはそれであるという在り方は、
不変的絶対的立ち位置からの自然な識別がよりクリアであることで
より確かに、より豊かに育っていきます。

まず、変わらない確かな立ち位置、
真の自分自身であることの立ち位置が確かなものになること、

そのことにより、自然に、現れであるマインドの全体的な動きや働き、性質、
そして、現れ全体がよく見えるようになってきます。

現れから影響を受けない立ち位置がより確かなものであることで、
現れが、ある意味、それ自身から離れたものとして、
全体的に、あるがままクリアーに見えるようになり、
また、それそのものとしてそれ自身の立ち位置により在れるようになってくることで、
直接的にそれ自身を感じ、直接的にそれ自身をより知ることができるようになってきます。

それ自身をより深く、よりトータルに知り、
そして、それ自身から起こる現れがよく見えるようになってくることで、
現れの性質、そして、またその本質はやはり源と同じである、
在る(愛、自然、真の自己、空、全体、生命、純粋意識、真・善・美)から現れた現れも、
やはり在る(愛、自然、真の自己、空、全体、生命、純粋意識、真・善・美)である、
愛から現れたものは、やはり愛である、
ということが、存在全体として分かるようになってきます。

(真の自己を知る初期段階の一時的な体験として、すべては在るである、
すべては愛である等の一元的な理解が起こる場合もありますが、
それがマインドや細胞、身体を含めた存在全体に浸透し、
存在全体が変容、成熟し、実現されるには、
「悟後の修行」という言葉があるように、
多くの場合、それなりの時間が必要です。
知られたものが、日々の真摯な実践と
日常の経験を通し統合されていくプロセスがあります。)

相対を超えた正しさそのものとして在り、そこから自然な流れが起こっていく、流れそのものとして、流れずに流れていく

受講者
いつも何か、“正しい”生き方のようなものがあって、そこへ向かっている感も

否めない感じがありながら、それに気づいていると、

何か出来事が起こる度に、決めつけようとするところで気づいて戻れる

そこのところが

日常生活の中での私が、かなりまるくなったように感じます



ご自身の変化、変容によく気づかれていますね。

在るの在り方としては、正しい方向へ向かうのではなく、

相対を超えた正しさそのものとして在り、

そこから自然な流れが起こっていく、流れそのものとして、

流れずに流れていくという感じです。

本質である在るの浸透が感じられますね。

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

初めてご訪問頂いた方へ
悟り|無空庵
お知らせ
公開・週一合同ゼロ意識共鳴
ご案内
浄化のときにはこちらへどうぞ
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
検索フォーム
QRコード
QR
RSSリンクの表示