源と現れ、在るの二つの相

受講者
まだまだ浅いところでの気づきではありますが、
私が愛そのもの…という時の”愛そのもの”が
私の言動や生き方に全く関係がない次元のものなのだと
感じるとき、何ともいえない解放感があります。
何だか、二つの世界があるようなそんな気がする時もあります。
おもしろいですね。



源と現れ、在るの二つの相とも言えますね。
両者はまったく別と感じられる視点と、
両者が統合され、在るだけが在る、在るがすべて、という視点があります。

どちらの視点も在るの在り方であり、大事ですね。

スポンサーサイト

在るの在り方

受講者
偶然、感覚した
奥深い、感じられなかった感覚、記憶
深い、自己の痛み、傷のお話をしました。
随分クリアーになったと思ったのですが、最近
奥底に大きな種みたいなものがあり
根深いものを感じていました。



随分クリアーになったからこそ、
種のような根深いものを感じられるようになったとも言えますね。


受講者
在るとその自己のマインドというのでしょうか
大きな隔たりがあります。

それがあるがままといえば
そうなのかなとも思いました。

その感覚をありのままにと思い
共鳴致しました。



その姿勢、在り方はいいですね。


受講者
不思議なことに


今回は、今までで一番心地よく
宇宙のミスト、パワースポットにでも
入ったようで、途中意識も飛んでしまったように
思いました。

自分の痛みを感じるごとに
何か、理解の幅も広くなるようにも
思いました。



今回の体験と、またそこから思われたことは、

在るの在り方、

在る(自己)がそれ自身の現れ(または、それ自身である現れ)を通し、
無限である自らを知り、
その本質においては、不変不動でありながら、
実質、実際的なレベル、そして、その認識、理解において、
また、ただひとつであるものとして唯一の真実とも言える
それ自身である純粋な主観性そのものの中で、
無限に拡大し、無限に深まって行っているものである、
ということの理解の助けになるのではないかと思います。

マインドも真我の現れであり、マインドにはマインドの素晴らしい役割、働きがある

受講者
このところ、いろんな事が起こり、その展開が早く、追いつきません。

何が追いつかないのか。

識別があやふやで、本当のところを理解しているのか

“在る”と“する”

よくわかっているのだろうか

無空庵の過去記事を探して、自分の今の在り方がどうなのか

確認したいということが起こっています

(2012.3/19の記事からピックアップ)

***********

無空庵のスタンスは、ブログに何度も書いています。


ひとりひとりに、深く、濃く、そして、受けられている方が望まれるのであれば、どこまでも無限にそれをサポートしていくというスタンスです。

人数よりも、一人一人の意識の深さに焦点を当てています。

一人が全体であることを、私は知っています。
その一人の深さが、現れのレベルの全領域、全存在に深く、そして自然な影響を与えていくことをよく知っています。

全体に対するゼロ意識共鳴セッションのアプローチは、そのようなアプローチです。

真我は、誰にとっても開かれています。
ただそれが、本当に受け取れる適切なタイミングというものがそれぞれの人にはあります。
本当に価値があり、大切なものを、大切にして頂きたいために、大切に扱って頂きたいということです。

マインドは一律で、そして、粗雑です。
真我は、精妙できめ細やかです。

また、以前の記事にも書きましたが、ゼロ意識共鳴の個人セッションは、ひとりひとりに直接手渡しというスタイルです。

***********

ここまで書いたのですが、

やはりピックアップではなく、最後の最後まで貴重な記事でした



記事の読み返し、ピックアップありがとうございました。

ピックアップして頂いた部分は、全体の流れの中で起こった内容、

また、特定の状況の中での特定の相手の方への必要なタイミングで起こったものであり、

誤解等招く可能性もありますので、トータルな視点から少し補足させて頂きます。


「マインドは一律で、そして、粗雑です。」

これは、未成熟なマインドの一側面でしかありません。

マインドも真我の現れであり、マインドにはマインドの素晴らしい役割、働きがあります。

正しい位置(在る、真我、真の主たる座、愛、全体)に在り、また、自己理解が浸透したマインド、

あるいは、成熟したマインドであれば、自ずと素晴らしい働きをしてくれるでしょう。

在るもの、現れているものすべてを肯定、まるごと肯定すること、ただ認めることで、存在全体が徐々に変容していく

受講者
最近、特別何かがあったわけでもないのにひどく疲れを感じたり、気づくとだいぶ時間が経ってしまうことが多くありました。
セッションでお話しさせていただいて気づいたのは、この「何かに追われてゆっくりできない感じ」はずっと感じてきたものだということです。
早く動くのが苦手で、この世の中で適応していくために(大げさですが)常に追い立てていないといけないという感覚がいつもどこかにあって、
最近少し忘れていたのですが、ここへ来てぐーっと煮詰めたような感じになって現れてぐったりしていました。
そこにフォーカスしすぎることもなく、ただその感覚があることを認めること、をまずはやってみようと思います。



はい、在るもの、現れているものすべてを肯定、まるごと肯定すること、ただ認めることで(ときに、抵抗やとらわれ等が起こることも含め)、
存在全体が徐々に変容していくでしょう。
より自然な在り方、よりシンプルで楽な在り方、より純粋な在り方、より全体的な在り方、より愛である在り方、本質的な幸せの在り方、
真の在るがままへと変容していくでしょう。


受講者
それから、恐れがあって近づけなかったことについて、やっと「やらなきゃ」と思って行動してみたら、思い込んでいた事実と全く違っていたという経験をしました。
だから、何がどうこうということではないかと思いますが、日々の生活の中で感じられる安心感を味わっていきたいと思いました。



はい、在るは安心そのものでもあります。
真の自分自身で在れるとき、安心で、平和で、自由で、満ちていて、幸せです。

在る=感謝、在る=ありがとう

受講者
在るということは感謝しかありません。



在る、存在している、あるいは、存在そのものである
ということへの感謝、それ以上の感謝はありません。

そこでは、感謝するものと感謝されるものはひとつです。
両者を隔てる距離ゼロ、差異ゼロ、それそのものという在り方です。

在る=感謝

在る=ありがとう

です。

プロフィール

Author:のびのび
2010年8月に『無空庵』に出会い、師からの直接伝授(ゼロ意識共鳴セッション)により、本当の自分(ゼロ・空・愛)を思い出すことができました。
今も継続してセッションを受けています。
師の言葉は、分かりやすく、深く、やさしく、愛に溢れています。
師を通して伝えられたことを、私なりに整理してみたくなりました。
私の学びのノートです。

初めてご訪問頂いた方へ
悟り|無空庵
お知らせ
公開・週一合同ゼロ意識共鳴
ご案内
浄化のときにはこちらへどうぞ
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
検索フォーム
QRコード
QR
RSSリンクの表示